味博士の子供とうまみ教室 Vol.6
〜うまみを世界の「UMAMI」に〜

umamiのおべんきょうprojectの連載は、
農家さんや料理家さんなど食の現場に関わる方々から
“おべんきょう”になるお話しをうかがいます。

“味博士”としてテレビや雑誌でもおなじみ、味覚の研究者・鈴木隆一さんによる、子供と味覚に関する連載です。子供の味覚を鍛えるには? 子供はどううまみを認知しているの? といった疑問を、科学的な見解から紐解いていきます。

 

うまみの歴史は日本から

幼少期からうまみに親しむことで受ける恩恵は計り知れない。うまみ中心の食生活は、味覚形成において繊細な感覚を育むだけでなく、健康な体づくりに大きく貢献する。そして何より、うまみのある食べ物はおいしいのである。

5回にわたって、子供とうまみをテーマにあれこれ語ってきたが、今回は少し趣を変えて、うまみの歴史を振り返りながら、人の感じるおいしさについて考えてみようと思う。

日本では、江戸時代で既にうまみの存在が認知されていたが、アカデミックな歴史に登場したのは1908年のこと。最初に発見されたうまみ成分は、L-グルタミン酸ナトリウムだ。東京帝国大学(現・東京大学)で理学部化学科の教授をしていた池田菊苗氏が、だし昆布から抽出に成功したのだ。

その後世界的に認められるのに、なんと約100年もの歳月がかかってしまった。
うまみの感度が低い欧米では、甘味・塩味・酸味・苦味の4味が味覚の基本とされ、うまみはそのハーモニー、つまり風味でしかないと、長らく受け入れられなかったからである。

ところが2000年に、マイアミ大学のニルパ・チャウダリ教授が所属する研究グループが、グルタミン酸受容体、いわゆるうまみレセプターの存在を発見して以降、様子ががらりと変わった。この発見は当時、世界中の研究者に大きなインパクトをもたらしたものだ。

その後、一般社会でもうまみの存在はゆるやかに浸透していった。そしておよそ20年越しで、今ようやくうまみは「UMAMI」となって世界を虜にし始めている。デンマークの有名レストラン〈noma(ノーマ)〉をはじめ、海外のシェフたちがこぞってうまみを生かし、自国の文化とミックスした料理を提案しているのだ。

私は2006年から味覚という切り口で事業開発を行なっているが、実はこの流れを盛り立てることによって、うまみの、ひいては日本食のすばらしさをもっと世界に広めていきたい、そんな想いを持っている。これは、起業初期の頃から抱いている私の夢のひとつだ。

おいしさを伝えることへのチャレンジ

味覚センサーレオ

ここで少し、自分の原体験を話したい。味覚に興味を持ち、センサーとAIの技術を用いた「味覚センサーレオ※」を開発するに至った経緯についてだ。

高校時代から起業を志していた私は、大学2年生で飲食店の経営を手伝うことになった。潰れかけたラーメン店の再建である。1日に5人しか客が来ないその店の立て直しに様々な改善を図ったが、一番苦労したのは味の評価だった。

その店の最も大きな課題は、味に安定性がないことであった。そこで店主と味覚を感覚的に共有し、味を調える作業をしたが、それがとても難しかったのだ。特に、本人がどれだけおいしいと思っても、第三者がおいしいと感じるかどうかは別だという点を、作り手にどう伝えたら納得してもらえるのかには頭を抱えた。

この時は結局、ある程度味がぶれてもそれほど気にならないという理由で、こってり味に変更することに落ち着き、売り上げもそれなりに改善できたが、「もっと客観的な数値で味の評価ができたら」とモヤモヤとした思いが残った。

食に携わる人なら誰でも、食材や料理をいかにおいしくするかを、いつも考えている。その過程で頼りになるのは、やはり自分の味覚だ。しかし主観的な判断は一歩間違うと、事実と異なる結論を導き出すこともあって難しい。そもそも、その人の味覚のよしあしを、どうやって証明したらよいのだろう。

この経験が、後に「味覚センサーレオ」を開発するヒントとなる。ビジネス構築にあたっては、実は最初から食の分野に決めていたわけではない。ただ、日本がグローバル化していく中で、海外と比較し一体何が強みなのか考えたときに出てきたのが「食」、つまり調理科学だった。

その際、蘇ったのが「客観的な数値で味の評価をしたい」という学生時代の思いだったのだ。サイエンスを得意とする自分が、センサーとITの技術で「味覚の可視化」を実現できれば、よりおいしいものを世の中に増やすことができる。

ちょうどグルタミン酸受容体の発見から数年の時期だったこともあり、世界に先駆けてうまみの存在に気づけた日本人の味覚力を生かせば、新しいチャレンジができるのではと考えたのである。

「うまみ大賞」で本当においしいと感じる食材を発掘

現在、私が経営するAISSY株式会社では、「味覚センサーレオ」の分析データを用いて、食品・飲料の商品開発や、飲食店のメニュー開発、商品のプロモーション支援を行なっている。

様々な相談を受けているが、そのほとんどが以下のふたつの課題に集約される。ひとつは、商品そのものをいかにおいしくするか。もうひとつは、そのおいしさをどう世の中に伝えていくか。

そのひとつのソリューションとして、今年2018年に「うまみ大賞」を新たに創設した。この賞は、これまで「味覚センサーレオ」が人工知能で学習してきた研究結果から、人が本当においしいと感じる食材を発掘することで、本来評価されるべき商品の魅力を、世の中に広く発信したいとの趣旨で企画されたものである。

では一体、人が本当においしいと感じる食材とはどんな味なのだろうか。味覚センサーレオでの分析結果から言うと、甘味・うまみ・苦味・酸味・塩味の5味うち、2、3種類の味が際立っているもの。または、5味のバランスが整っているものを、人はおいしく感じる傾向があると言うことが分かっている。

これまで、さまざまな食品を分析してきて分かったことのひとつに、本当においしい食品が、実はそれほど評価されていない、という事実がある。だからこそ、本当においしいものが、その価値に見合った価格で取引され、作り手も消費者にもいい循環が生まれるよう「うまみ大賞」を通じてサポートできたらと思う。

「うまみ大賞」では、うまみに優れていて、かつその他4味のバランスが優れている食品を定期的に評価し、世の中にそのおいしさを送りだすつもりだ。これまで食関連のアワードは数あれど、マシンが客観的に味を審査するというのは、極めて画期的な取り組みになると自負している。

そしてゆくゆくは、日本に留まらずに、世界からも評価される賞にしていきたい。おいしい「UMAMI」がたっぷり詰まった、日本食のすばらしさを世界へ広めるきっかけにできたら最高だ。

どんな食品が発表されるのか、ぜひみなさんにも注目していてほしい。

※「味覚センサーレオ」とは・・・「甘味・旨味・塩味・酸味・苦味」の基本5味の元になる成分を電気的に測定したあと、人工知能によって補正。人間が実際に感じる味を「数値化」することができるマシン。
鈴木隆一さん プロフィール

AISSY株式会社
代表取締役社長 慶應義塾大学共同研究員。慶應義塾大学理工学部卒、慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。味覚センサーレオ開発者。味博士として多数のメディアに出演し、活動の幅は多岐にわたる。著書には『日本人の味覚は世界一』『味覚力を鍛えれば病気にならない』など。味博士の研究所を運営。
https://aissy.co.jp/
https://aissy.co.jp/ajihakase/blog/