十人豆色~とうふのうまみ旅~
vol.14 涼やかな「夏の味」を訪ねて

豆腐の原料は、大豆・水・にがり。
シンプルだからこそ、繊細な手作業が仕上がりを大きく左右し、作る人の「人となり」や「考え」、その日の「気分」までも、鏡のように映し出すのだと、職人さんは言います。
だから豆腐の魅力は“十人豆色”(じゅうにんといろ)。
作り手の想いあふれる豆腐との出会いを求め、各地の豆腐屋さんを往き来し、見て、聞いて、味わって、感じ取ってきた豆腐の魅力を綴ります。

 

しっとりとした梅雨の京都にやってきました。
約3ヶ月ぶりの訪問です。


東本願寺

 

京都駅から徒歩10分弱。地元では「お東さん」と親しまれる東本願寺を目指して進み、脇道に入っていくと、数珠屋さん、タバコ屋さん、扇子屋さん……専門店が並ぶ情緒漂う門前町にたどり着きました。ついさっきまで観光客やバスが行き交う大通りにいたのに、急に下町の生活圏を覗き込んだ気分になりました。

 

すぐに見えてきたのは、今回の訪問先である「並河商店」です。大正14年創業、代々家族で営まれてきた老舗の豆腐屋さんです。


並河商店

 

昨年末に新装開店したばかりの店舗の外観は、黒を基調に木材の温かみのある落ち着いた雰囲気です。店頭のショーケースには、豆腐や油揚げがサンプルのように丁寧に1つずつ並べられていました。私の気配を感じ取ったように、白いのれんからチラッと顔を出し、わざわざ店先で出迎えてくれたのは、配達と接客を担当する4代目の並河龍児(なみかわ りゅうじ)さん。朗らかな笑顔が印象的です。


4代目の並河龍児さん

 

並河商店の夏の風物詩

今回のお目当ては、夏にしか製造されないという「きぬごし」、つまり、「きぬ」の豆腐です。関東出身の私の感覚では、「きぬごし」は通年手に入るもので、“夏限定”というイメージは全くありませんでした。
しかし、「並河商店」で通年販売しているのは、平均的な固さを持つ「もめん」と、限りなく「きぬ」に近い柔らかな「ソフトもめん」。この柔らかい「ソフトもめん」が普段使いの「きぬ豆腐」のような役割を果たしていることもあり、「きぬごし」豆腐は、夏の風物詩として販売期間が限定され、少量ずつの生産となっているそうです。


販売が始まると店頭にかかる「きぬごし」の招布(まねぎ)

 

「あたたかくなってきて、お客さんが “今年はきぬごしせぇへんの?”と聞いてきてくれたらつくり始めます(笑)」

なんと、製造開始のタイミングはお得意さんの一声なんですね。

並河さんが用意してくれたのはさっそくお皿に盛られたツヤツヤの「きぬごし」。
見た目だけでも、涼しげです。


艶やかな絹ごし

 

箸でしっかり摘めるのに、口に入れた瞬間、噛まずともスルっと飲みこめるほどの滑らかさと水々しい喉越しに驚きました。その名の通り、シルクのような冷奴は、優しい甘みを感じつつも後味はすっきり、何とも涼やかな気分になります。これぞ、夏にぴったりな豆腐です。

「きぬごし」に欠かせないもの

「きぬごしにはこれを入れるんです」と並河さんが見せてくれたのは、なんと「糸寒天」。


糸寒天

 

これが、夏限定の「きぬごし」に欠かせない材料の一つなのです。

「僕が知る限り、寒天をきぬごしに使っているお店は今でも数軒はありますね」と、並河さんが教えてくれました。

涼しげな透明感を演出するために夏の「京菓子」にも寒天が用いられてきた京都では、豆腐を固める凝固剤の中へも若干の寒天を混ぜ、より繊細な舌触りを引き出す製法が生まれた、と言われています。また文献を調べてみると、機械技術がまだ発達していなかった頃、濃度が比較的低い豆乳でも寒天を補助的に加えることによって豆腐が安定して固まったとも言われています。
利便性と食感の良さを兼ね備えた京都の豆腐職人の知恵なのですね。この製法は戦前からあったとされていますが、あくまで「きぬごし」と呼ばれているため、実際に寒天が入っていることを認識している人は少ないのだそうです。

凝固剤と寒天の配合の比率はお店によって異なるようですが、「並河商店」の場合は、おおよそ1:1。寒天を用いた「きぬごし」は、煮崩れやすいので湯豆腐などの加熱調理には向きません。また、「並河商店」の「きぬごし」豆腐の切断面は、波型になっています。これは、「ソフトもめん」と識別しやすくするだけではなく、醤油をかけたときに良く馴染む効果もあります。まさに、冷奴専用の豆腐なのですね。


左が「きぬごし」・右が「ソフトもめん」

 

子どもの頃の夢は「コンビニ店員」

流暢に豆腐の説明をしてくださる並河さんの経歴を伺うと、意外にも、実家の豆腐屋で働き始めたのはわずか約2年前とのこと。前職は警備会社に勤めていたそうです。

「東京で働いているときは“関西弁の警備員がいる”って噂されていましたね(笑)」とユーモアたっぷりに語る並河さん。


何でも楽しそうにニコニコと語る並河さん

 

「子どもの頃の夢は、コンビニの店員だったんですよ。真夜中に起きている人が楽しそうに見えて(笑)それに人と話すのが好きなので」

“夜中に働ける仕事”への強い憧れから、職業として選んだのが「警備員」。 道案内やトラブルの対応、警備員ならではのコミュニケーションの経験が、現在の接客にも活きているのだと楽しそうに語ってくれました。

「ハタチになった頃から、実家の豆腐屋が無くなるのも嫌だなあと思って。“豆腐屋はしんどいから、好きなことをやってからでいいよ”と両親は言ってくれたので、30歳になるタイミングで戻ってきました」
並河さんの言葉は、常に前向きで、「豆腐屋」という新しいステージを楽しんでいる様子です。

“材料屋”であることが原点

長年、周辺のホテルや旅館、飲食店へ、長年豆腐を卸している並河商店の豆腐づくりの基本方針は、美味しく料理してもらえるような豆腐をつくること。大豆は富山産の「エンレイ」とカナダ産の白目大豆をブレンドし、大豆の主張が強すぎない豆腐に仕上げています。

「さっぱりとした豆腐で、“材料屋”として徹したいなと思っているんです」
その並河さんの想いが、一丁190円という価格にも反映されてるようです。


「並河商店」の豆腐を使用する「TOFU BAR」

 

愛される豆腐屋でありたい

2025年に創業100年を迎える「並河商店」。今後はどのような展開を考えているのでしょうか。

「もっともっと、愛される豆腐屋になりたいですね。お客さんにはお店に喋りに来てもらうだけでも良いんです」と話す並河さん。

現在、精力的に取り組まれているのは、「豆腐」を通した地域の子どもたちとの交流です。

例えば、発達障がい・学習障がいを持つ子どもたちを対象とした放課後デイサービスを訪問し「老舗豆腐店による豆腐づくり体験」を開催。出来立ての豆腐の甘みや香りを体験した子どもたちは「世界一の豆腐だ!」と目を輝かせたそうです。さらには、こども食堂への豆腐の提供や、「京とうふ」をテーマにしたイベントへの参加など、少しずつ活動の幅を広げている様子。

「“食べもの屋”だからできることをやりたいんですよね。子どもが目を輝かせてくれるような豆腐屋でありたいと思います」

豆腐を通じて「人と通じ合う喜び」を大切にする並河さんの姿勢は、警備員時代から変わっていないことが伝わってきました。


店内に飾られた花は並河さんの母校・農芸高校の生徒が育てたもの

 

市内は「祇園祭」一色。
天に向かってそびえ立つ豪華絢爛な山鉾から、祭りの幕開け
を知らせるお囃子が響いていました。


山鉾から響く祇園囃子

 

京都の夏本番はこれから。

人々の身体を涼める「きぬごし」が、ますます活躍することでしょう。

旅は続きます。

 

<並河商店>
京都府京都市下京区東洞院通正面上る筒金町50
JR京都駅中央口より徒歩10分
TEL: 075-371-1722
営業時間 6:00~20:00
定休日 :日曜・祝日
工藤詩織 プロフィール

幼少から豆中心の食生活を送り、豆腐はその中心にあり、無類の豆腐好き。外国人に日本語を教える講師を目指して勉強している過程で食文化も一緒に伝えたい と「豆腐マイスター」を取得。国内だけにとどまらず海外でも、手作り豆腐ワークショップや食育イベントを実施して経験を積む。2018年より「往来(おうらい)」をテーマに本格的に活動を開始。豆腐関連のイベント企画・メディア出演などを通して、各地で豆腐文化の啓蒙活動を行っている。


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