豆腐の原料は、大豆・水・にがり。
シンプルだからこそ、繊細な手作業が仕上がりを大きく左右し、作る人の「人となり」や「考え」、その日の「気分」までも、鏡のように映し出すのだと、職人さんは言います。
だから豆腐の魅力は“十人豆色”(じゅうにんといろ)。
作り手の想いあふれる豆腐との出会いを求め、各地の豆腐屋さんを往き来し、見て、聞いて、味わって、感じ取ってきた豆腐の魅力を綴ります。
多摩川線に揺られ、大田区・武蔵新田にやってきました。
個人店が立ち並ぶ商店街を進み、正月の縁起物である破魔矢(はまや)発祥の地と言われる新田神社を通り過ぎると、「忠兵衛とうふ」ののぼり旗が見えてきました。こちらが、「豆富司 みしまや」です。
創業57年を迎えた「豆富司 みしまや」を現在営んでいるのは、2代目店主の小川晃一(おがわこういち)さん。書道家でもあった先代が始めた豆腐屋さんを、小学生の頃から継ぐものだと宿命を感じていたと言います。
「地域密着型」をスローガンに掲げる「豆富司 みしまや」の店頭には、レギュラーの豆腐から季節替わりのおぼろ豆腐、ゆばやがんも、厚揚げ、豆腐ハンバーグ。さらにはおつまみ用の蒸し大豆や曜日限定の豆乳ドーナツまで、何度足を運んでも新しい発見がある品揃えです。
なかでも注目の豆腐は、火・木・金曜の17時頃から販売している「できたておぼろ」。早朝の仕込みに加え、仕事帰りのサラリーマンや夕ご飯の買い物をする主婦が多くなる夕方にタイミングを合わせ、熱々の豆腐を寸胴いっぱいに仕込みます。販売時間に合わせて店頭に足を運ぶお客さんから注文を受けると、小川さん自らが「ボウズ」という半球型の道具で優しくこんもりと豆腐をどんぶりに盛り付けていきます。お米が炊き上がった時のように湯気とともに漂うのは、青森県産「おおすず大豆」のふくよかな香り。口に含めばほろほろっと崩れ、飲み込むと甘みがスッと引くので、一口、また一口、と食べ進めることができます。
「“おいしい豆腐づくり”に終わりはない。」
これまで出会ってきた豆腐職人さんは、口を揃えてこう語ります。
しかし、小川さんは豆腐づくりを追究するだけで満足はしてはいけないと言います。
「おいしい豆腐づくりはもうできているんだよ。次に考えるべきは、“届け方”なんだよ」
卸売をほとんど行わずに対面販売を行う豆腐屋さんは、「おいしい豆腐」をどのようにお客さんへ届けるべきか、宣伝や売り方、スーパーとの差別化をする戦略まで考えていかねばなりません。
先代から店を継いだ小川さんも、試行錯誤の時期が続き、一時は、確実な売り上げを優先して、豆腐の全国配送に踏み込んだそうです。
「ところが発送作業に追われて、お店に足を運んでくれているお客さんを待たせてしまうこともあって、“あれ?何やってるんだろう?”ってなったんだよね」
立ち止まって悩んだ結果、配送を辞めることにしました。
本当に優先するべきことは何か、誰か。
それは、先代から「豆富司 みしまや」の豆腐を求め、お店へ足を運んでくれるお客さん。さらには、相次ぐ豆腐屋さんの廃業によって、職人の手作り豆腐との距離が遠のいてしまった隣町に暮らす人々。
小川さんが選んだ豆腐の届け方は、行商、つまり「引き売り」でした。
今回、ダメ元で、引き売りの様子を取材したいとお願いしたところ、「じゃあ自転車をもう1台用意しておくね。15時半に店出発だよ」と、すんなり快諾いただきました。
そして、いざ、小川さんの引き売りを密着取材させていただくことに。
店先に停まっていたのは、100キロ近くある商品が詰まった発泡スチロールを積んだリアカーに繋がれた電動自転車。正直、こんなに重い荷物が自転車で運べるのか、少し疑ってしまうほどです。
ゆっくりと自転車を漕ぎ出した小川さんに、私も自転車でついていきます。
すると、「いってらっしゃい、気をつけてね」と、商店街ですれ違う人々が次々に声をかけてくれました。
お店の近所から隣町の商店街、路地裏や集合住宅の敷地まで、小刻みに自転車を停め、待ち構えていたお客さんに次々と豆腐を販売していきます。
常連さんには、ご年配の方から、子育て中の主婦の方、一人暮らしの男性、親御さんに頼まれてひとりでおつかいに来るお子さんまでさまざま。
仕事の都合でお店までは足を運べない方々にとっても、職場のすぐ近くまで引き売りにきてくれる小川さんを頼りにしている様子でした。
4年ほど前に行商を始めてから、少しずつ販売箇所が増えていき、およそ1年半掛けて現在のルートが完成しました。大まかな到着時間をお客さんに周知したり、事前に注文を受けられるようにしたりなど、お客さんと一緒に引き売りのシステムを構築してきました。
「最初の日は、2時間何も売れなくてね。ラッパの音が聞こえたと言って最初に豆腐を1丁だけ買ってくれたお客さんのことは今でも忘れないよ」
そんな初期の思い出を語りつつ、今では引き売りを心から楽しんでいる様子が伝わります。
買い物袋が無駄にならないようバットやお盆を持ってくる方や、冷えたドリンクを手渡してくれる方。
引き売りを始めた頃から応援してきたお客さんの中には、「ここはルートの終盤だから、“ピットイン”(給油所)だと思ってくれればいいのよ(笑)」と、小川さんが一息つく時間を与えてくれる方まで……。
小川さんのお客さんは、決して「神さま」ではなく、「味方」でいてくれる方ばかりです。
「もちろん体力は消耗するけれど、週に一回の引き売りが、明日からの心のエネルギーチャージになっているんだよ」
そう語る小川さんの荷台は次第に軽くなり、少しずつ自転車を漕ぐ速度も上がっていきました。
「まず、想像してみようか」
これは以前に、筆者が「豆富司 みしまや」さんと企画したイベントで、会場設営の際、小川さんが放った一言です。
とてもシンプルな一言でしたが、スタッフの料理提供の導線、お客さんの座る向き、話しやすさ、まずはシュミレーションをしてみよう、ということなのだと伝わりました。
実は、「想像してみよう」という言葉を小川さんから耳にしたのは、これが初めてではありませんでした。知り合って6年の間に、何度も聞いたことがあるのです。
勝手ながら、このフレーズが、小川さんの人となりを表す言葉なのではないかと思い、小川さんにこの言葉の真意を伺ってみました。
「ああ!俺、言ってるね(笑)昔、ダイビングのインストラクターをやっていたからかも」
ご本人の分析によると、「想像してみよう」という口癖は、かつてダイビングインストラクターをしていた頃の名残。
初心者に対する口述指導では、専門用語をできるかぎり噛み砕いて、海を“お風呂”にたとえて説明したり、まずは誰でもわかるシチュエーションを想像してもらう工夫をしていたそうです。
「たしかに、引き売りを始めた時にも、“隣町ではどんな人だったら受け入れてくれるんだろう?”とまずは自分自身で想像してみたな。言われてみると合点がいくよ」
近いようで、馴染みのなかった隣町。
「お客さんはどれくらいの距離なら歩いてくるだろうか?おばあちゃんが来るのだろうか?それとも子育て中のお母さん?子ども?」こうして自身で想像することでお客さんが喜ぶ最善の「引き売り」の形を模索する。
小川さんの“想像力”は豆腐職人として新たな挑戦を続ける現在でも、フル活用されているようです。
15時半にお店を出発して、気がつけば20時近く。
すっかり空も暗くなり、買い物時は手元を照らすライトが必要になってきました。
実はこの日、私の移動ペースに合わせてくださっていたこともあり、最終地点への到着が大幅に遅れてしまいました。
しかし、到着してみると、待ちかまえていたのはニッコリ笑顔の常連さん2人。
「いや〜待たせちゃってごめんなさいね」と小川さんが申し訳なさそうに残りの豆腐を箱から広げると、
「もう〜!遅いわよ〜!(笑)まあいいのよ。私たち、こうやって週に一度のおしゃべりが楽しみなんだから(笑)」
「困った時はお互いさま」という関係性は、お互いを心から想いやっているからこそ、成り立つものです。
「地域密着型の豆富司 みしまや」の在り方に、安堵どころか何にも代えがたい感動を味わいました。
「お疲れさま!今日は風が心地よかったね〜」
4時間半の引き売りを終えた小川さんの表情は、どこまでも清々しく爽やか。
地域に根付く尊い人々の繋がりに触れ、私の心も満タンに。
小川さん、そして、地域の皆さん。
貴重な経験を、本当にありがとうございました。
旅は続きます。
幼少から豆中心の食生活を送り、豆腐はその中心にあり、無類の豆腐好き。外国人に日本語を教える講師を目指して勉強している過程で食文化も一緒に伝えたい と「豆腐マイスター」を取得。国内だけにとどまらず海外でも、手作り豆腐ワークショップや食育イベントを実施して経験を積む。2018年より「往来(おうらい)」をテーマに本格的に活動を開始。豆腐関連のイベント企画・メディア出演などを通して、各地で豆腐文化の啓蒙活動を行っている。
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