十人豆色~とうふのうまみ旅~
vol.19 「遺されたもの」こそ「価値あるもの」

豆腐の原料は、大豆・水・にがり。
シンプルだからこそ、繊細な手作業が仕上がりを大きく左右し、作る人の「人となり」や「考え」、その日の「気分」までも、鏡のように映し出すのだと、職人さんは言います。
だから豆腐の魅力は“十人豆色”(じゅうにんといろ)。
作り手の想いあふれる豆腐との出会いを求め、各地の豆腐屋さんを往き来し、見て、聞いて、味わって、感じ取ってきた豆腐の魅力を綴ります。

 

炭鉱の町、筑豊

今回の旅先は福岡県の飯塚市。

大都会・博多の景色から一転、気がつくと紅葉で色づく山々に囲まれていました。
飯塚市は、福岡県の中心部・筑豊(ちくほう)地区で最大の人口を擁し、3つの郡をまたぐ三郡山地の最高峰・三郡山の山頂が位置するエリアです。

「筑豊地区は、もともとは炭鉱の町だったんです。肉体労働だったからなのか、料理の味付けは結構濃いんですよ」

運転をしながらそう教えてくれたのは、飯塚市で豆腐製造業を営む「嘉穂食品(かほしょくひん)」の専務・武藤 靖代さんです。

“フル稼動” の製造現場

工場に到着し、さっそく製造現場を見学させていただくことに。
紅葉シーズンに合わせて地元の道の駅への出荷量を増やしたため、この日の工場はまさに“フル稼動”。


代表・濱 吉徳さん

 

縦横無尽に動き回っていたのは、「嘉穂食品」代表の濱 吉徳(はま よしのり)さんです。
まっすぐな眼差しを豆腐に向けてカットし始めたと思えば、豆乳を絞り出して計量、背後ではカットされた豆腐のパック詰め作業が始まり、豆乳が適温になったところでにがりで固める作業に戻る……吉徳さんの姿を必死に追い続けると目が回ってしまいます(笑)。

ふと目に留まったのは、おからが入った車輪付きのコンテナー。その年季の入り方から、65年の歴史を共にしてきたことが伺えます。

 

「もうこれは古くてね。人生と同じで、スムーズには動いてくれないんですよ(笑)」と、茶目っ気たっぷりに話す吉徳さんの笑みの裏には、滲み出る苦労話があるのだと確信しました。

突然の事業承継

「嘉穂食品」は昭和28年創業の家族経営の豆腐店で、吉徳さんは初代の祖父・2代目の父に続く、3代目。現在32歳という、業界内でも非常に若い経営者です。

 

高校を卒業してすぐ、和食の修行を始めた吉徳さんは、寝る間もない日々を送っていたそうです。しかし、身体は限界を超えていました。そこに、先代である父・由民(よしたみ)さんの後押しもあり、19歳で豆腐製造を手伝い始めました。

父・由民さんは、地元の豆腐組合の役員を務め、他社から譲り受けた居酒屋の経営も担い、地域の子どもたちにも慕われているほど、誰かのために身を挺する人だったと言います。

「“人に良いことしなさい、悪いことしたら絶対返ってくる”と、僕も良く言われていました」


2代目・濱 由民さん

 

業界のため、地域のため、子どもたちのため、そうやって、周囲の期待に応えるために身を尽くしてきた由民さんが、突然病に倒れ、闘病の末に亡くなった時、吉徳さんはまだ30歳でした。

予想もしていなかった突然の父との別れ。吉徳さんは父亡き後に遺された家業を継ぐ覚悟を持てずにいたと言います。それでも、ファンである地元の人々を裏切れない、という一心で事業を承継することに。

変化した夢のかたち

父・由民さんの生前、吉徳さんの実姉である武藤さんは飯塚を離れて家庭を持ち、「カフェ開業」という夢に向かって独自で開業準備を進めていました。しかし、由民さんの逝去により、その計画を中断し、父の遺した家業を守るべく役員として「嘉穂食品」の経営に携わるようになりました。現在は、子育てを両立させながら飯塚へ通っています。

武藤さんが新たに着手したのは、「直営店」と「屋号」をつくること。

「“ 嘉穂食品 ”という社名だけでは、地元以外の人に何屋さんなのか伝わらないので、豆腐を売っていることがわかりやすい屋号とお客さんに直接豆腐を届ける直営店は必要だと思いました」

こういった改革が起こせるのは、製造現場の内側からではなく、限りなくお客さんに近い視点を持つ武藤さんだからこそ。

 

2019年1月、飲食スペースを備えた工場直営店「浜さんちのとうふ」をオープンさせました。お店を切り盛りするのはもちろん武藤さんです。工場直送の豆腐の直売はもちろん、豆腐やおからをふんだんに使ったオリジナルの惣菜やスイーツも販売しています。


「浜さんちのとうふ」店内

 

提供するのは、単にヘルシーなだけでなく、食べ応えもしっかり考慮されているものばかり。この日いただいたランチもそのボリュームに驚かされました。
さらに店頭では月に一度「朝市」を開催し、地元ファンの定着を促すきっかけづくりに励んでいます。


日替わりランチ

 

「当初の予定とは少し変わったけれど、今はこの形でお店をオープンできて良かったと思っていますよ」

そう語る武藤さんの優しい笑顔が印象的でした。


武藤 靖代さん

職人技と商品力

製造の山場を迎えた現場では、ベテラン職人・中島さんがざる豆腐を盛り付け始めたところでした。


ざる豆腐を盛り付け

 

ぷるぷるっと踊るように揺れる豆腐を、お椀でまん丸に整えていきます。驚いたのは迷いのないその美しく素早い所作。「豆腐でござ〜る」と名付けられたツヤツヤのざる豆腐が、湯気をまといながらコンテナに次々と並びます。

「これは中島さんにしかできない神業なんですよ」と吉徳さんが誇らしそうに教えてくれました。

このざる豆腐を寝かせながら水分を切り、油でカリッと揚げたのが武藤さん考案の「さくら揚げ」です。飯塚市の周辺にある桜の名所にちなんで、5等分に切られた豆腐は桜の花びらを意識して並べられます。

容器のまま電子レンジで温めて付属の出汁をかければ「揚げ出し豆腐」が完成!とっても便利です。先代から受け継いだ定番商品に加え、こういった主婦の目線を取り入れた新たな商品も生み出されています。

「遺されたもの」を、「価値あるもの」に

「親父のあとを継いでから、うまくいかないこともあって、苦しくて辞めようかと考える時期もありました」と振り返る吉徳さん。

新体制で再スタートを切ってから、決して順風満帆ではなかったようです。
それでも、製造現場に立つご家族や従業員の皆さんの結束力と、“浜さんちのとうふ”ファンの「ここの豆腐が一番!」と言う声を支えに、ここまで駆け抜けてきました。

「父が遺したものを、価値あるものにしていかないと勿体無いですから。直営店の店頭に立って、継続してイベントに出て、自分たちで届けていきたいと思います」と武藤さんは言います。

2019年の春からは原料大豆を見直し、国産の比重を大幅にアップ。さらに秋からは、先代から続いてきたスーパーへの卸しを停止することにしました。「嘉穂食品」にとって、そのひとつひとつが、価格競争に負けない豆腐作りを続けていくための大きな選択です。


表面にはトレードマークの「桜」のモチーフが型どられた豆腐

 

家族経営ならではの難しさももちろんあるようですが、その度に話し合いを重ねるようにしてきたという姉弟。

最後に、互いに対する想いを伺いました。

「僕自身も直営店を開きたいと考えていたけれど、ここまでのかたちして、これだけのものを出せるようになったのは姉貴がいたからです」と吉徳さん。

すると、「ありがとう。でも、貴方がいなかったら、豆腐はできませんよ!……ふたりの時は絶対に言わないけれどね!(笑)」と武藤さん。

照れ笑いで見つめ合うふたりの姿を逃すまいと、シャッターを切りました。
近しい関係性だからこそ、大切なのは、互いへの感謝や敬意の気持ちを忘れないこと。
姉弟を繋ぐのは紛れもなく、亡き父への想いです。

豆腐屋としての「宿命」

「価格競争に飲み込まれて廃業した豆腐店や、身体を崩して止むを得ず辞めることになってしまった人たちが、“ 本当はこんな豆腐屋になりたかった” と目指してきたものを、俺らは代わりに背負っているつもりなんです」

次世代の豆腐屋としての「宿命」を背負い、新たな覚悟を決めた若き経営者・吉徳さん。

「豆腐屋が潰れていくのはやっぱりいやだからね 。“出る杭は打たれる”というけれど、それが豆腐業界のためになるならば、俺らはもっと前に出ていこうって思っています」

そんな吉徳さんの言葉に、先代の姿を感じました。

“浜さんち”の挑戦は続きます。

<浜さんちのとうふ>
〒820-0070福岡県飯塚市堀池171番池3
TEL:0948-43-3433
営業時間:10:00〜18:00
定休日:日曜日(年末年始・GW・お盆は休み)

 

 

工藤詩織 プロフィール

幼少から豆中心の食生活を送り、豆腐はその中心にあり、無類の豆腐好き。外国人に日本語を教える講師を目指して勉強している過程で食文化も一緒に伝えたい と「豆腐マイスター」を取得。国内だけにとどまらず海外でも、手作り豆腐ワークショップや食育イベントを実施して経験を積む。2018年より「往来(おうらい)」をテーマに本格的に活動を開始。豆腐関連のイベント企画・メディア出演などを通して、各地で豆腐文化の啓蒙活動を行っている。


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