鉄道会社で地域の特産品を扱うプロジェクトに携わる寺田菜々美さんが、日本各地を訪ね、そこで出会った日本の伝統食材や郷土食などの“美味しいもの”はもちろん、その土地を愛し、新たなことにも挑戦しようとする“作り手さん”の情熱や商品に込めた想いを伝えます。
こんにちは。
すっかり桜も散ってしまい、新緑の季節。
そろそろ、鯉のぼりが空を泳ぎ始める時期ですね。
鯉といえば、長野の善光寺門前に“鯛”焼きならぬ“鯉”焼きを作る職人さんがいるという話…。
早速、私の故郷・長野に噂の鯉焼きを求めて帰省してきました。
長野へは、東京から北陸新幹線で1時間半。
長野駅から国宝・善光寺まで歩き、その裏手にある宿坊街を抜けると…ありました!「鯉焼」の文字。
ここが、噂の鯉焼き屋の「藤田九衛門商店」さん。
お店構えもレトロで素敵です。
大正時代の家屋をリノベーションした店舗なのだそうです。
店内に入ると壁にはたくさんの茶器と鯉焼きのメニュー表が!
餡の種類も豊富で、長野県らしいりんご餡や竹炭入りという変わり種も。
餡は季節によって変えたり、近隣の生産者さんや飲食店さんとコラボレーションをしたりすることもあるそうです。
私が今回いただいたのは「揚げ鯉焼き」。
小ぶりだけど、今にも動き出しそうな躍動感のある鯉の形!
揚げたてをいただいたので、皮はサクサクで、中のしっとり甘いこしあんとの相性抜群です。
ところで、なぜ鯛ではなく鯉なのでしょうか。
店主の藤田さんに理由をうかがってみました。
「長野県には、銘菓と言われるお菓子屋さんがたくさんありますが、善光寺門前にしかないお菓子屋さんがないと思ったのがきっかけです。そんな時に、昔から長野県全域に鯉を食べる文化があることを思い出し、海なし県ともかけて、山国らしく鯉焼きを作ろうと思い立ちました」
善光寺の仲見世通りにもお菓子屋さんは多数ありますが、栗菓子は小布施町の名物だし、杏菓子は千曲市や上田市が有名ですし、善光寺ならではの銘菓と聞かれると確かに困ってしまうかもしれません。
「伊勢神宮の赤福みたいに、200年続く菓子文化をここにも作りたいという目標があって…。この鯉の鋳型も善光寺の門前で個展を開いていた富山の有名な仏像彫刻師に彫ってもらった特注品です。作るからには、仏像のように何百年存在しても飽きないデザインにしたいと思っていました」
確かに、一つ一つの線がとても精巧で、今にも動き出しそう!
よく見ると、裏表で違うデザインで、お腹には波の模様が入っています。
ずっと眺めていても飽きないですね。
この鯉焼きを入れるパッケージもデザインがかっこいいですね。
“垂水(たるみ)”とはどのような意味なんでしょうか。
「垂水は滝の意味で、お菓子の銘にしています。デザインは中国の登竜門の逸話を題材にしています。黄河の急流にある竜門と呼ばれる滝を登りきった鯉が龍になり天に登っていくという出世話ですね。なので、パッケージの両端には滝を登る鯉のモチーフを、上部には龍のモチーフをあしらっています」
端午の節句には鯉のぼりを飾りますし、長野県ではハレの日のお祝いに鯉を食べる文化があります。お隣の新潟県では錦鯉の品種改良が盛んですし、公園やお寺の池には必ずと言っていいほど色鮮やかな鯉が泳いでいます。
私も小さい頃、善光寺の池の鯉によくエサをあげていました。
考えてみれば、鯉って日本人にとって馴染み深い縁起魚だったんですね。
さて、この鯉焼き、普通の鯛焼きよりも皮がもっちりで、餡も上品ですっきりとした甘さです。
「餡は、あずきではなく、長野県産の高原花豆を使っています。小麦粉も松本のしゅんようという地粉を使っています」
素材もやはり信州産にこだわっているんですね。
餡は、戸隠や飯綱など信州の高原育ちの特別大きな高級花豆を皮ごと使って作る自家製なのだそうです。
「よかったらお抹茶も立てられますよ」
店主は裏千家の師範代とのことで、長野県産の素材にこだわった鯉焼きと一緒に日本全国から厳選したお抹茶も立ててもらえるんです。
深い味わいのお抹茶は、手作りの花豆餡にぴったりです。
「もともと僕は、大阪出身なのですが、軽井沢で茶懐石の出張料理人をしていました。軽井沢に定住しようとも思ったのですが、関西人には冬の寒さが厳しすぎて…(笑)大阪に帰郷しようとしていたところに長野市内で良いリノベーション物件があると聞き、2014年からお店を始めました。」
大正時代の建物をリノベーションして作ったという趣深いお店には、二階席もあります。
こちらでは善光寺の山門をながめながら、鯉焼きにお抹茶はもちろん、季節のフルーツやお漬物を合わせた「お菓子御膳」をいただけます。
こちらが藤田さんの作る「お菓子御膳」。
裏千家流にクロモジとアカスギの箸が添えられた本格派です。
そしてこのお菓子御膳と一緒に楽しめるのが、彩り豊かな版画の天井広告。
「熊本の芝居小屋の天井広告を見て思いついた案です。花豆の生産者さんやこの店を紹介してくれた不動産屋さんなど、いつもお世話になっているお店に広告を出してもらっています」
こちらの広告、版画で作られたもので、仕入れる材料など各店舗さんの商品を一部広告料として納品してもらっているのだそう。
もちろん、中心には龍に変わりつつある出世鯉の姿があります。
他にも店内には、鯉焼きを作っていると自然と集まってきてしまうという鯉をモチーフにした骨董品が数多く並んでいます。
中でも、一際存在感のある恵比寿さんの土雛。
「この恵比寿さんは鯛ではなくて、鯉を抱いているんですよ。」
中野市で有名な土雛職人に特別に作ってもらい、今年のお正月には近くの神社にも奉納されたのだとか。
「これから毎年一柱ずつ長野県内の神社に奉納していこうと思っています。そうすれば、100年後ぐらいには、恵比寿さんが鯉を持っているのが信州の文化になるのでは?と企んでいます(笑)」
渋い職人気質な藤田さんですが、なんとも夢のある未来を語ってくださいました。
「あとは、鯉焼きの文化を、日本中の海なし県に広めたいと思っています。実は、その辺も目論んで鋳型の意匠登録はまだしていないんです。お店に遊びにきた海なし県の人が面白いと感じて、勝手に始めて広がってくれたら面白いですね」
これから間違いなく善光寺門前の銘菓に、いえ、もしかしたら日本全国の海なし県の銘菓にまで出世してしまうかもしれない鯉焼きのこれからの飛翔が楽しみですね。
もうすぐ、端午の節句。
お子様のお祝いにも、ご家族で味わってみてはいかがでしょうか。
長野県長野市出身。実家はりんご農家で、4姉妹の長女として生まれる。小学生の頃から、味にうるさい実家のごはん係を担当していたため、食べることも作ることも大好き。大学は農学部に進学し、有機農業や自然栽培の文化論について研究。卒業後は、日本の伝統と風土に基づいた食や農業を切り口に、地域の魅力を再編し、地域にもっと人を送り込みたいと鉄道会社に入社。現在は、地産品の卸売事業を担当する部署で、たくさんの地域の美味しいものに囲まれながら仕事をしている。