うまみ成分が豊富な「きのこ」の生産がさかんな長野県。なかでも北部の豪雪地帯に位置する中野市は早くからエノキタケの栽培に取り組み、生産量は日本一。ぶなしめじやなめこ、エリンギの生産も県内で上位を占めます。そんな“きのこ王国”の生産の現場を訪ねました。

地域を挙げた分業体制の確立

もともと中野市では、寒さが厳しい冬、農家の出稼ぎに代わる副業としてきのこの栽培が始まりました。それぞれの農家は菌糸の培養から生産管理まで、高度な技術を要するすべての作業を個々で行っていたのです。

しかし、平成に入ると、複数の個人生産者が共同出資して高性能な設備や機械を導入し、生産工程でもっとも難易度が高い菌糸培養までを一括管理する「培養センター」を設立するように。これにより培養が安定してコストも削減され、効率的な生産が可能になりました。つまり、培養ビンに菌の栄養源になるおがくずや米ぬか、とうもろこしの芯の粉末などを詰め、菌糸を接種して培地を作る「菌糸培養」と、それを管理・生育する「生産管理」を分業制にし、各生産者はその培地(培養ビン)を仕入れることで生産に専念できる体制をつくったのです。

現在、菌糸のもととなる種菌は、JA中野市の組織である「JA種菌センター」が研究開発しており、ここからそれぞれのきのこの「培養センター」へと供給されています。エノキタケの場合、中野市の140〜150名の生産者のうち、約8割がこの培養センター方式を利用しています。

市内唯一のエリンギ工場へ

「培養センター方式を最初に考案したのが、当グループの代表です」と話すのは、今年、創業50周年を迎えたオギワラグループの吉池 悠さん。同グループでは、エノキタケとエリンギ、ぶなしめじを生産しており、これまでにもさまざまな先駆的な取り組みを展開してきました。外国種のきのこであるエリンギに関しては、市内で唯一、大規模生産化に成功しています。

オギワラグループで主にエリンギの生産管理を担当している吉池さん。

同グループのエリンギの試験栽培開始は、平成12(2000)年。当初はなかなか芽が出なかったり、たとえ芽が出ても軸に張りがなく倒れてしまったそう。しかし、「JA種菌センター」とともに生産に最適な菌の品種を研究開発し、現在の生産体制をつくり上げました。

なお、「培養センター方式」の生産管理工程をざっと説明すると、次のような流れ。

各生産工場ではJA中野市の出荷計画に基づいて「培養センター」から培地を仕入れ、ビンの表面についている老化した種菌を取り除く「菌掻き」をしたら、温度や湿度、光や空気(二酸化炭素)などを管理した「芽出し室」で芽を出します。発芽後は「生育室」に移され、出荷に最適な長さ、大きさまで育てたら収穫。その後は選別、検品を経て包装まで各工場で行われ、JA中野市の冷蔵トラックにより全国へと出荷されます。

JA中野市の出荷体制を説明する、きのこ販売課の田中大さん。同課があるJAは珍しく、スーパーなどのバイヤーときのこに特化した話ができるのは強みだという。

なお、きのこによって生育に最適な環境や日数は異なりますが、エリンギの場合は32〜35日かけて培養した培地を13〜14℃の気温で芽出し・生育し、14〜16日で収穫に至ります。

エリンギの「生育室」を見せてもらいました。
まず驚くのは、青白い光。エリンギは1日に何度もこの光を短時間当てることで伸びを抑制し、傘をつくるのだそうです。そして、適度な加湿と温度調整で生長していきます。

「水分と温度、空気と光があれば育つので、一見すると単純なようですが、そのバランスが1%違うだけで生育に大きな差が生じます。そのため、毎日厳しいチェックをしています」(吉池さん)

このように、徹底的に温度と湿度、光を管理することで、計画生産を可能にしているのです。

なお、この「生育室」に置かれるエリンギは、菌掻き後11日目から収穫期までのもの。エリンギは12日目までの管理が難しいそうで、それ以降は一気に伸び、14日目には収穫できるまでに大きくなります。そして、規定の大きさに達したものから収穫を始め、足りないものは再び「成育室」に戻し、最終的に16日目にはすべてのエリンギを収穫します。

「生産でもっとも重要なのが、計画通りに生長させること。エリンギは毎回生えるサイズや本数がさまざまなので、狙った日数で収穫することはとても難しく、気を使います」(吉池さん)

確かに収穫の様子を眺めると、1本1本、人の目でサイズを確かめてもぎとっています。さらに軽量や包装、検品などもすべて人の手が必要。中野市でオギワラグループ以外の生産者がエリンギの大規模生産に挫折した背景には、このように多くの人手が必要という理由もあるそうです。

生育から収穫、包装まで一貫生産。この工場では80室すべてを毎日管理担当者が確認し、1日20万本を安定的に生産している。

ところで、エリンギといえば、長野県に本社がある大手きのこメーカーでも生産されています。そこで、オギワラグループのエリンギならではの強みを尋ねると、「実は成分分析の結果、大手メーカーのエリンギに比べ、うまみ成分が2倍というデータがあるんです」と吉池さん。大手メーカーの生育方法がわからないため、違いがどこにあるかは不明だそうですが、事実として味わいに差が生まれているそうです。

また、出荷においても、とにかく鮮度にこだわっています。特にここ2〜3年はJA中野市との連携のもと、市場ニーズを調査しながら計画生産を行い、冷却保管と冷蔵トラックで、より新鮮でおいしいものを消費者に届ける努力をしています。

ちなみに、吉池さん曰く、歯ごたえがよいエリンギは縦切りと横切りで食感も違うため、料理によって切り方も自由に楽しんでほしいそう。

「おすすめの食べ方は、乱切りにした唐揚げです。そのほか、カレーや鍋など何にでも合うのがエリンギの魅力です」(吉池さん)

また、JA中野市きのこ販売課の田中さんによると、きのこは基本的にどの種類からも出汁が出ますが、60〜70℃が一番うまみ成分が出るのだそう。そのため、水から煮たほうがおいしくなるそうです。