umamiのおべんきょうprojectの連載は、
農家さんや料理家さんなど食の現場に関わる方々から
“おべんきょう”になるお話しをうかがいます。

“味博士”としてテレビや雑誌でもおなじみ、味覚の研究者・鈴木隆一さんによる、子供と味覚に関する連載です。子供の味覚を鍛えるには? 子供はどううまみを認知しているの? といった疑問を、科学的な見解から紐解いていきます。

 

子供の頃苦手だった食材を何気なく食べたときに、苦手意識なく食べることができた経験はないだろうか? いつの間にか克服していた!と達成感を感じながらも、どこか割り切れない思いがあるかもしれない。何もしていないのに時間がたって「克服できた!」という場合、この“何もしていないはずの時間”でさまざまなことが無意識のうちに起きているのだ。では、何が起きているのか?

“何もしていないはずの時間”でも、いろいろなものを飲食することで食経験を積んでいるはずだ。食経験で味覚も変化してくる。幼少期は単純な味しかおいしいと感じられなかったのに、少しずつそのような味だと飽きてきてしまうのだ。そうすると、より複雑な味わいが好きになり、さらに食経験が豊富になり、味覚も変化してくる。おいしいと感じる食べ物・飲み物が変わり、味の“受容性”が広がってくるのだ。 “何もしていないはずの時間”で味覚の受容性が広がることで、昔食べられなかった食材も問題なく味わうことができるようになるのだ。

ポイントになるのは、“複雑な味わい”を好きになれるかどうかだ。ずっと単純な味ばかりだと、味覚に変化が起きず、受容性は広がらない。そうすると、味覚が変わっていないのだから、当然、好き嫌いの克服は難しい。たとえば、砂糖水や食塩水は単純きわまりない味で、甘味や塩味が好きな人でも「砂糖水が大好きです」「食塩水ばかり飲みます」という人はいないだろう。炭酸を入れたり、酸味を加えたり、少しは複雑化した味を楽しんでいるはずだ。“複雑な味わい”とは、さらに多様な味が口の中で微妙に変化する味だといえる。

たとえば、甘味と酸味が含まれている飲料の場合、その情報が脳に行くタイミングが微妙に異なる。酸味は早く感じられるのに対して、甘味はゆっくり感じられる。だから、まず酸っぱい味を感じてから、徐々に甘味を感じて甘酸っぱい味になり、酸味は少しずつ弱くなってくるので、後味には少し甘味が残るというのが、通常のパターンだ。さらに、料理になってくると、表面の味と中の味で広がり方が当然異なるし、それらの情報が脳で感じられるまでの時間にも差が出る。主に感じる味が経時変化で入れ替わると、より複雑な味わいになり、味覚を育てる効果を持つ。

“単純な濃い味”の場合には、そこまで複雑でなくても、好きになってしまうことがある。一度濃い味に慣れてしまうと、次第に飽きてしまい、「もっと濃い味、もっと濃い味」という風になってしまう。こうなってしまうと、味覚の健全な成長は難しい。

幼少期の味覚経験が一生を左右する

幼少期にある聴覚刺激を与えると、その分野の脳領域が発達して、特別な能力を得ることができる。たとえば、幼少期に外国語に触れると語学能力を得られる。また、音楽を聞くことで、絶対音感を備えることもある。味覚についても、このようなことが、あるのではないか。幼少期どのような食生活を送ったかは、一生を左右する。

味覚の発達を促すには、たとえば「だしの味」をきちんと学習させた方がよい。うまみが基本味として認識されたのは、比較的最近だ。甘味だけがするスイーツや塩味のみを強く感じるスナック菓子、酸味のみが強い酢のもの、苦味の強いコーヒーなどは出会う機会が多々ある。しかし、“うまみだけが強い何か”を直接飲食する機会は、世界的にも少なく、なかなか基本味として認識されなかったという歴史がある。オイスターソースや魚醤など、うまみが豊富に含まれた調味料は世界各国でも多いのだが、そのもの単体を味わうことは味見以外ではあまりないだろう。昆布・かつおぶしのうまみを幼少期から「だしの味」として感じることができれば、味覚の発達に役立つだろう。

ゴーヤの苦味を消す意外な食材とは?

好き嫌いは、食経験によって決まるので、好き嫌いを減らすためには、多様な食経験を積み、味覚の受容性を高める必要がある。受容性を高めるには、複雑な味わいを好きになり、味覚を正常に育てていくことなのだが、酸味や苦手は、元来嫌いな味なので、克服する必要があるが、いきなりゴーヤのように強い苦味の食材を克服するのはなかなか難しい。その場合、少しずつでも食べることでも、受容性は高まる。たとえばピーマンを克服する場合、刻んでお好み焼きや、オムレツに少し入れると、ピーマンの味をあまり感じなくても、無意識のうちにピーマンの食経験が積まれる。食材に対する受容性が上がり、少しずつ克服できるのだ。

他にも、チーズやチョコを加熱して溶かしてから、苦手な食材をつけて食べると、その食材の味をチーズのうまみやチョコの甘味で消してくれるので、抵抗感なく食べられる。このとき脳内では、意識しない部分で苦手な食材の味を少し感じている。濃い味のものと一緒に食べると薄い味は消えて感じにくくなることがある。無意識レベルでは確実に感じていて、るのだ。濃い味の食材で苦手な食材の味を消し、無意識に「意外と食べられる」学習をすればよいのだ。ゴーヤは、強い苦味が苦手だという方も多いかもしれないが、きな粉をつけて食べると、ゴーヤの苦味成分をきな粉に含まれているホスファチジン酸が抑制してくれると考えられており、苦さを感じなくてすむ。きな粉自体にそこまで味がないので、不思議な感覚なのだが、ゴーヤ嫌いの方、ぜひ1度トライしてみてほしい。世の中にはおもしろい食べ合わせがあり、食材のイメージを変えることができる。

ホスファチヂン酸のように、苦味を抑制してくれる物質を苦味マスキング剤という。このようなマスキング剤は色々な物質がある。主に薬の不快な味を和らげるために使われており、今後も開発が進むだろう。

このようにして、無意識であっても、さまざまな食経験を積むことによって、脳内の味覚神経では変化が起きる。苦手なものでも、その味を打ち消す強力な味を有する食材と食べ合わせれば、それを脳が学習して、少しずつ克服できるようになっていく。これを積み重ねていくことによって、さまざまな食材に対する味覚の受容性が上がり、好き嫌いがない子供に育っていくのだ。