umamiのおべんきょうprojectの連載は、
農家さんや料理家さんなど食の現場に関わる方々から
“おべんきょう”になるお話しをうかがいます。

“味博士”としてテレビや雑誌でもおなじみ、味覚の研究者・鈴木隆一さんによる、子供と味覚に関する連載です。子供の味覚を鍛えるには? 子供はどううまみを認知しているの? といった疑問を、科学的な見解から紐解いていきます。

うまみは赤ちゃんのサポーター

新生児の味覚は、とても鋭いが、生後5か月を過ぎ、ママのおっぱいを飲むために、強く乳首を吸いだす「吸てつ反射」と呼ばれる行為が消えはじめると、味に対する感覚もしだいに落ち着いてくるようになる。

いよいよ赤ちゃんが、新しい食の冒険に一歩踏み出す準備ができたわけだ。味覚の落ち着きは、それまで本能的に好んでいた、母乳の味だけではなく、さまざまな味を受け入れるしたくが整った証なのである。一般的にはここから1歳半まで、離乳食期が始まる。

とはいえ、この時期の赤ちゃんの味蕾の数は、これまでとさほど変わらない。大人に比べれば、ビビッドに味の世界を知覚しているのである。だからこそ、特に離乳初期、はじめての味に触れるときは、驚かせないように、ぜひ優しい味わいに調整してあげてほしい。

新しい世界へのチャレンジは、不安や怖れを伴うもの。大人だって怖いでしょう(笑)。赤ちゃんは、未知の食材を目の前に「これは食べても安全なのかな?」と、自分の持てるありったけの力を、総動員させて注意を払う。まさにサバイバル!

親として心がけたいことは、安心・安全な環境づくり。味に関して言うと、本能的に好む味をベースに、たくさんの素材の味を経験させると、赤ちゃんは安心しながら、味を覚えていくことができる。

そこで活躍するのがうまみである。うまみは、母乳の含有成分であり、身体をつくるために、必要なたんぱく質の存在を、知らせる役割も担っている。飲み慣れた母乳の味に、少しずつ未知なる味を加えていく。透明な水に、絵の具を一滴落とすようなイメージで、徐々に浸透させていくのである。

ちなみに、基本の五味それぞれの役割にも言及すると、甘味はエネルギー源である糖を補給し、緊張を緩める。塩味はミネラルの存在を知らせ、体液の循環を整える。酸味は食べ物の腐敗を知らせ、筋肉を引き締める作用を持つし、苦味は毒素の存在を知らせる一方、体内の熱をとりのぞく役割を持っている。

離乳食に欠かせないだし

離乳食の本に「だし」を使おう、と盛んに書かれているのは、うまみ成分が豊富だからだ。とりわけ昆布だしには、母乳と同じくグルタミン酸が多く、赤ちゃんにとっては慣れ親しんだ味。離乳食初期は基本的に、できるだけ塩分を控えたほうがいいため、ほぼ調味料を加えず、だしで素材の味を引き立てるよう調理するといい。

だしのうまみは、ほかの調味料を加えることで、おいしさが増す。その特徴を活かしてだしを使った低塩調理を提供しているのが、老人ホームの介護食メニューである。幼い頃から、和食で育ってきた高齢者の味覚には、だしの風味がおいしさの印として、鮮明に擦り込まれている。そこでうまみを中心とした味付けにすることで、おいしさを損なわずに減塩することが可能なのだ。

しかし、食事の多様性が進んだ現代では、毎食ごとに和食を選択するのが難しい。だが赤ちゃんの頃から、だしを味わう機会を意識的に増やせば、「家庭の味」として、和食を定着させることはできる。

日本人にとって、だしのうまみは食の基本。しかし海外の人には、その存在をなかなか理解されていなかった。2000年に、マイアミ大学のニルパ・チャウダリ教授らが、舌の受容体を発見するまで、基本味として認めない研究者もいたくらいだ。

日本の食文化を継承し、和食を嗜好する味覚が育てば、自然と薄味を好むようになる。ひいてはそれが健康予防につながる。それは、お母さんだけが子どもに贈ることのできる、最高のプレゼントではないだろうか。

離乳食初期は、できるだけだしをひこう

さて、離乳食期からだしを味わう大切さを、ここまで語ってきたが、子育て期にだしを丁寧に引くのは大変だ、というお母さんもいるだろう。しかし、ここはやはり、天然素材を使っただしをおすすめしたいところだ。

赤ちゃんの味覚を育てる、という観点から言うなら、特に離乳食初期である生後5~6か月目は、「母乳やミルク以外の食事が存在する」と、伝えるのが目的であり、味を覚えるのは7~8か月目からでいいと考えられている。

塩味は、未発達な赤ちゃんの腎臓に負担をかけるので、(※2)厚生労働省も、離乳食初期に調味料の必要はないとしている。あまりに早い段階で濃い味を覚えてしまうと、若くして生活習慣病が発症するリスクも高まるので、だしを使うことで減塩をサポートする効果も期待できる。

赤ちゃんがおいしさを感じる条件は、味に限らない。素材の形や色、そして匂いなど、複合的な要素によって決定される。はじめ母乳を飲むだけだったものが、徐々に口の中で転がす、噛むなどの行為を覚えて、その味わいの豊かさを経験する。

食事の環境もまた、同様においしさの条件のひとつである。不思議なことだが、家族と一緒に食卓を囲んだり、「おいしいね」と声をかけながら食べたりすることも、味覚の成長を促すものだ。

味覚センサーレオは、人間が感じる味の強さを学習し、舌の感覚を再現した人工知能センサーだが、食事環境までを含めたおいしさまでは、今のところ測定不能だ。いつか、より人間の味覚に近づけるかもしれないが、そのための“食育方法”は、残念ながらまだ開発されてはいない(笑)。

子どもの味覚は、3歳までに決まると言われている。その期間に、繰り返しさまざまな素材や味、食事環境を経験させてあげることが大切だ。そのスタートである離乳食初期は、赤ちゃんが繊細な味覚の持ち主だ、ということを忘れずに、食事の工夫をしてあげてほしい。

(※1)味覚センサーとは、味覚を定量的な数値データとして出力できる機械。慶應義塾大学が開発した味覚センサー「レオ」は、「甘味・うまみ・塩味・酸味・苦味」の基本5味の元になる成分を電気的に測定したあと、人工知能によって補正。人間が実際に感じる味を数値化することが可能となる。
(※2)厚生労働省「離乳の支援のポイント」
*参考 https://aissy.co.jp/ajihakase/blog/archives/2497