十人豆色~とうふのうまみ旅~
vol.2 受継がれた郷土の色、「きまぐれ豆腐」

豆腐の原料は、大豆・水・にがり。
シンプルだからこそ、繊細な手作業が仕上がりを大きく左右し、作る人の「人となり」や「考え」、その日の「気分」までも、鏡のように映し出すのだと、職人さんは言います。
だから豆腐の魅力は“十人豆色”(じゅうにんといろ)。
作り手の想いあふれる豆腐との出会いを求め、各地の豆腐屋さんを往き来し、見て、聞いて、味わって、感じ取ってきた豆腐の魅力を綴ります。

豆腐から探る、郷土の色

日本中どこを訪れても、その土地の「色」が現れた豆腐があります。それは、各地域で、風土や気候、食習慣などに根ざした豆腐作りが行われていた証です。「生もの」の豆腐は日持ちがしないので、乾燥させたり発酵させたりと、いかに長く保存するか、という先人の知恵が込められたものも多々。沖縄の「島豆腐」のように、いまや全国に存在が知られているものもありますが、未だに製法技術が出回ることのないまま残っている豆腐もあるようです。

ちょっと変わり者かもしれませんが、私は初めて訪れた土地では必ず「豆腐」を通して、その地の特色を探るようにしています。例えば、スーパーや産直の豆腐売り場に立ち寄って、よそ者の視点から、“その土地らしいもの”がないか探してみたり、地元の人に馴染みのある豆腐や、その食べ方を聞いてみたり。「こんなのここらじゃ普通だよ」と、地元の皆さんが口にするものこそ、よそ者の私にとっては、特別で、時に新たな大発見だったりするのです。

高知で出会った「色」豆腐

今回の旅先は、高知。高知の豆腐もまた、その土地柄を語ってくれていました。地元の方から教えていただいた豆腐を早速ご紹介します。

まずは、高知県西部の四万十町大道(しまんとちょうおおどう)の「豆腐の味噌漬け」。平家の落人の保存食とも言われ、「落人伝説」の残る山間地で昔から作られてきたものです。全国的には、熊本県の豆腐の味噌漬けが有名ですが、実は、森林率が日本一という高知にも、味噌漬け豆腐を作り続けている人々がいます。炭火であぶり水分をよく飛ばした豆腐を特製味噌に漬け込むこと一ヶ月。クリームチーズのようなねっとりとした食感が特徴です。

お次は、四万十川の源流点、中西部に位置する津野町の「豆腐の梅酢漬け」。こんな鮮やかな色をしたお豆腐は初めて見ました。こちらも豆腐の水分を紙で拭い、よく炙ってから梅酢に漬け込み1週間〜10日寝かせます。塩分が高く、冷蔵庫のない時代には常備食として重宝された一品で、薄く切って食べるそうです。表層に染み込んだ梅酢の刺激的な酸っぱさを、白いまま残った豆腐のうまみが包み込んでくれます。

これらの、変わり豆腐のベースになっているのが、固くてしっかりした豆腐です。
この豆腐こそ、高知の豆腐作りの原点と言われます。戦国時代に土佐を統一した大名、長宗我部氏が、豊臣秀吉の命令の下、朝鮮出兵を行った際に連れて帰った、朝鮮の武将一族が伝えた製法です。一族が暮らした町は「唐人町」(とうじんちょう)と呼ばれたことから「唐人豆腐」として親しまれ、全土へこの豆腐づくりが伝わったというのが有力な説です。今では、「田舎豆腐」とも呼ばれ、「皿鉢(さわち)料理」(大皿に数種類の料理を盛り込む高知独自の宴席料理)にも、薄く切った刺身状の豆腐が添えられるそうです。

山間で作られる「田舎豆腐」

「高知ではパック詰めの豆腐より、袋入りの固い豆腐が馴染み深いですね」と話すのは、高知市鏡地区の「草峰庵(くさみねあん)」の豊永浩平さん。今回お話を伺った田舎豆腐の若き継承者です。

「草峰庵」は、高知市の中心部から車で約30分、かつては「鏡村」として存在した山間部に位置します。うねりの激しい山道をしばらく登り、少し急な斜面の途中にお店が立っています。お店の裏には「鏡川」が流れており、訪れた6月下旬はちょうど鮎釣りが始まる時期で草峰庵にも観光客が立ち寄っていました。


外の飲食スペースから眺める鏡川の渓谷

 

「昔はこの村にも田舎豆腐を作る店が3軒ありましたが、僕が生まれた頃には、どこも後継者不足で。うちのおじいちゃんたった一人になってしまったんです」

先代、大崎雄全(ゆうぜん)さんは約60年豆腐を作り続けていましたが、腰痛の悪化によって、いよいよ店仕舞いの決断を迫られてしまいます。豆腐作りは体力勝負。これだけずっしり重い豆腐を1日300丁作ってきたのですから、身体への負担もあったのではないでしょうか。鏡に田舎豆腐がなくなってしまう…地元民からも惜しむ声が絶えぬまま閉店。そこで手を挙げたのが、先代の孫にあたる、浩平さんです。中学校の頃に「職業体験」で製造現場に入って以来、休日は手伝いをしに通い、「いつかは自分も」と、豆腐職人を志してきたそうです。九州の農業大学を卒業して地元に戻り、先代から本格的に技術の引き継ぎを受け始めます。24歳のことでした。

復活させた豆腐は、毎日きまぐれ

約1年半の修行を経て、閉店から約4年ぶりに「草峰庵」は再始動しました。浩平さんが作る田舎豆腐は「きまぐれ豆腐」と名付けられ、「雄全豆腐」の復活を願ってきた地元民にも歓迎されました。
「この子はまだ若いから、毎回、全く同じものはできないのよ。硬くなったり、やわらかくなったり、大きくなったり、小さくなったり。毎日、きまぐれなんですよ(笑)」と、浩平さんの母、由紀さんがその名の由来を教えてくれました。安定したものを作ることがいかに難しいか、豆腐作りの奥深さを言い当てたようなネーミングですね。由紀さんは、もともと地元の学校で保健室の先生として長く勤めていましたが、息子である浩平さんの「豆腐屋を継ぎたい」という強い意志に動かされ、現在は共に製造現場で助手役を務めています。

「浩平が豆腐屋を継いだ時は、おじいちゃん、おばあちゃんは喜んだねぇ。私まで教員を辞めるとは思ってないきぃ、誤算よね(笑) でも一人じゃできんしね、豆腐屋は」と、土佐弁で豪快に語る由紀さん。今では由紀さんの生徒さんやその保護者の方々も、「きまぐれ豆腐」のファンになっているそうです。

先代から受け継いだ豆腐作り


黙々と製造をする浩平さん

 

この日は、にがりを加える作業から見せてもらいました。「“僕が”固めるのではなく、“お豆腐に” 固めてもらうんです」これは先代が大切にしていた教えだと言います。にがりを数回に分けて加えた豆乳が、自ら固まっていく様子を、じっと待機。最後は加減を見極めて、型箱へ移していきます。
「豆腐から分離した水分が、“レモン色”から“黄金色”に変化したら引き上げる合図です」


湯気が立つ大きな豆腐桶の中で輝く黄金色。

 

先代から受け継いだ機械の中にはひときわ年代物がありました。それは、豆乳絞り機「ニュートーファー」。「廃盤」とも言われる旧型の機械です。何より、これほど貴重で古い機械が、とても綺麗な状態で保たれていたことにも驚きました。

「息子の性格がわかるでしょ?(笑)毎日2時間、気が済むまで磨いているのよ」と由紀さん。母も認める浩平さんの実直さがゆえ、先代から受け継いだ機械と同様、「きまぐれ豆腐」の味も、日々磨き続けていることが伝わります。

より永く愛されるために

先代の技術を引き継ぎつつも、自身のカラーを反映させつつあると話す浩平さん。「きまぐれ豆腐」は先代の「雄全豆腐」より、ほんの少し柔らかめにしていると言います。「おじいちゃんの世代はこの硬さになれているけれど、僕の友人たちからは、固すぎる、と言われました」浩平さんが感じた、豆腐の好みの世代差。
「この先も続けていくなら、多少柔らかくして自分たちの世代にも浸透させていきたいと思っています」


型箱から取り出した豆腐の「耳」をカット

 

柔らかくしたとはいえ、手でしっかりつかめる固さ。噛み応え十分な豆腐は、一片食べるだけでもお腹にずっしりきます。それでも、くどさがなく、もう一口、あと一口、と食べたくなるから不思議です。

型箱から取り出された豆腐は、形を整えるために包丁で縁をカットします。浩平さんいわく、細長く切り出された「耳」は、油で揚げて塩を振ればフライドポテト感覚で食べられるそうです。パンの耳を揚げて食べるのに似ていますね。店頭商品として販売はしていないそうですが、豆腐屋さんのみぞ知る、まかないから生まれた一品、といったところでしょうか。

「きまぐれ豆腐」は、冷奴や湯豆腐はもちろんですが、由紀さんのオススメは4等分に切って、両面をごま油で焼けば、弾力が際立つ豆腐ステーキに。さらに、常連さんのオススメは、「豆腐マヨネーズ」。豆腐は水切り不要で、白味噌、レモン汁、練りカラシ、ハチミツをミキサーで撹拌させるだけ。

目指すは、自分色

草峰庵を復活させて、5年。浩平さんの作る「きまぐれ豆腐」は、鏡地区に残る最後の田舎豆腐です。自分なりのカラーが出せるようになってきたからこそ、挑みたいことがまだまだあるそうです。
ひとつは、浩平さんの叔父さんが不定期で手掛ける「厚揚げ」を自身でも習得すること。「きまぐれ豆腐」を3等分にして、油でじっくり揚げて作った厚揚げは、常連さんから評判を呼んでいるそうです。ニンニクの葉をすりつぶした緑鮮やかな「ヌタ」のソースを合わせるのが高知ならでは。
ふたつめは、新しいジャンルの田舎豆腐。青大豆や黒大豆を使ってみたい、と大豆の品種にも興味を抱いているそうです。

それでも、守りたいのは、先代が作り続けた田舎豆腐。
「この先どんな豆腐が主流になろうと、田舎豆腐で抗い続けたいですね」
さりげなく語る姿に「浩平さん、かっこいい!」と讃えずにはいられませんでしたが、「いえいえ、自分の頭が固いだけなんです(笑)」ととっさに照れ隠し。
浩平さんの固い意志と、家族や地域との固い絆で型どられた「きまぐれ豆腐」は、日々進化を遂げ、まずます郷土の「色」を放ち続けてくれることでしょう。

旅は続きます。

〈草峰庵〉高知県高知市鏡草峰112−6
TEL:088-896-2877
営業時間:豆腐が出来上がってから売り切れるまで

 

工藤詩織 プロフィール

幼少から豆中心の食生活を送り、豆腐はその中心にあり、無類の豆腐好き。外国人に日本語を教える講師を目指して勉強している過程で食文化も一緒に伝えたい と「豆腐マイスター」を取得。国内だけにとどまらず海外でも、手作り豆腐ワークショップや食育イベントを実施して経験を積む。2018年より「往来(おうらい)」をテーマに本格的に活動を開始。豆腐関連のイベント企画・メディア出演などを通して、各地で豆腐文化の啓蒙活動を行っている。


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