豆腐の原料は、大豆・水・にがり。
シンプルだからこそ、繊細な手作業が仕上がりを大きく左右し、作る人の「人となり」や「考え」、その日の「気分」までも、鏡のように映し出すのだと、職人さんは言います。
だから豆腐の魅力は“十人豆色”(じゅうにんといろ)。
作り手の想いあふれる豆腐との出会いを求め、各地の豆腐屋さんを往き来し、見て、聞いて、味わって、感じ取ってきた豆腐の魅力を綴ります。
「世の中にこんな豆腐があったなんて!」
と、学生時代に出会い、それはそれは大きな衝撃を受けた豆腐があります。
この出会いをきっかけに、当時通っていた大学院を飛び出し、豆腐の啓蒙活動をはじめることとなります。「運命の人」ならぬ、「運命の豆腐」。わたしの人生を動かしたその豆腐の名は「はらからもめん」です。
正式名は「はらからもめん 袋とうふ」。まずは外観。一丁800gもある巨大な豆腐です。約半分が収まるサイズのパックから、さらに同量の豆腐が飛び出しています。フィルムでしっかり密閉された豆腐に見慣れていた私にとっては、衝撃でした。
そして「はらからもめんとうふ」とひらがなの青いロゴが印字された袋は、懐かしさの中にどこか斬新さも感じます。一目見れば忘れることのない形状とパッケージ。でも、この豆腐の魅力はそれだけではありません。
「はらからもめん」の唯一無二なポイントは、豆腐に「上」と「下」があることです。先ほど形状について触れましたが、飛び出た上半分を「上」、パックに収まった下半分を「下」と区別し、切り分けてそのまま食べ比べれば、食感や味わいの違いがはっきりと表れます。
「上」は、圧力がかからぬまま自然に脱水されるため、豆腐の角は丸みを帯びています。口に含めばもめん豆腐なのか疑うほど滑らか。空気をたっぷり含んだふわっとした食感です。
はらからの「下」は、パック詰めされた以降も、「上」からの重さを受け続けている分ほどよく脱水され、ずっしりとした固さになっています。「上」同様口どけが良く、より密度の高い大豆の甘味を感じます。
この豆腐を紹介してくれた方から教わった「上」のオススメの調理法は、「揚げ出し豆腐」。弾力と滑らかさを兼ね備え、食べ応えのある一品になります。 「下」のオススメは、「麻婆豆腐」。いつもよりちょっと辛めに仕上げても「はらからもめん」の甘味でバランスがとれます。
一丁の豆腐で、食べ比べや使い分けができる。そんな、豆腐の新たな愉しみ方を、「はらからもめん」は生み出してくれたのです。そして、800gという、なかなかひとりでは食べきれない量だからこそ、家族で、友人で、ご近所のみんなで、囲んで食べることができる。それもまたこの豆腐の魅力だと思います。
「はらからもめん」を製造しているのは「社会福祉法人 はらから福祉会」の事業所のひとつ、宮城県刈田郡にある「蔵王すずしろ」です。
「はらからもめん」の「はらから」とは「同胞」であり、「同じお腹から生まれた兄弟姉妹」という意味があります。「障がいを有する者も、そうでない者も、同じ“はらから”(同胞)である」という考えのもと、障がいを持った方々が働きながら自己実現を遂げる環境作りを続けてきました。まずは、はらから福祉会が豆腐を製造するに至った経緯を、武田元(はじめ)理事長に伺いました。
はらから福祉会は、かつては「陶器」を製造販売していました。当時、福祉施設の授産品として代表的だったものが「陶芸」「木工」「手芸」。これらの共通点は、賞味期限がないということ。確かに、粘土は成形に失敗しても作り直すことができ、陶器は腐らないので在庫を抱えることが可能です。
ところが、それらを「売らなくてはならない」という、最大の困難に直面します。「作りやすいものが売れるとは限らないことを実感しました」と理事長は当時を振り返ります。
一方で、福祉会が各地から仕入れ販売していた商品の中で「豆腐」が不思議と売れ行きが伸び続けていたことに着目します。当時の仕入先が、これ以上の発注数は対応が難しい…と悲鳴をあげる状況にまで、豆腐の販売数が伸びていたそうです。
「それであれば、自分たちでつくってみようということになりました。とうき(陶器)の「き」を「ふ」に換えて、とうふ(豆腐)をつくりはじめたわけです」
「とうき」が「とうふ」へ。この一文字の入れ換えにより、扱う商品の性質がまるっきり変わります。作ったものは一度きり。二度と作り直すことはできない上、日持ちがしない。
「作るのが難しくて扱いにくい豆腐だからこそ、商品として魅力をもつのではないか」そう確信した理事長。平成5年、機材は全て中古で集め工房を構え、職員と利用者を合わせて5名で豆腐製造をスタートさせました。ここから、はらから福祉会の、付加価値と魅力ある商品作りへのチャレンジが始まります。この設立時に誕生した豆腐こそ「はらからもめん 袋とうふ」なのです。
豆腐製造現場を案内してくださったのは製造部長の平間俊之さん。職員として就職して以来豆腐作りに携わり続けています。さっそく「はらからもめん」の製造を見学させていただきました。
「はらからもめん」に使われる原料大豆は地元産「ミヤギシロメ」。乳白がかった淡い黄色の豆は、豆腐にした際も、美しい白さが強く出ると言われています。そして水は、蔵王連峰の雪解け水をろ過したものを使用しています。水温一つで工程が左右されてしまうのが豆腐作り。この水は一年中温度が安定しているそうで、品質のブレない豆腐作りに繋がっています。
まずは、一晩水に浸した大豆を、グラインターという自動の石臼で、水を加えながらすりつぶしていきます。「その日その日の大豆の“うるけ具合”(豆の吸水加減)と、膨らんだ豆を割ったときに残る“くぼみ具合”を確かめれば、すりつぶした大豆を煮る時間が計算できます」
「はらからもめん」の特色がはっきりと出てくるのはここからです。まずは、豆乳の濃度を濃く絞ること。
「だいたい16%以上の濃度はキープしていますね。もめん豆腐にしてはかなり濃い方だと思います」と平間さん。一般的な豆乳濃度は7%〜14%、もめん豆腐は、きぬ豆腐に比べて、やや低い濃度の豆乳で豆腐を作ることができます。簡単に理由を説明すると、もめん豆腐は一度固めた豆腐を細かく崩し、穴の空いた型箱の中で再び圧力をかけながら、脱水して固めるのに対して、きぬ豆腐は、型箱の中に豆乳を流し、にがりを混ぜ固めます。「一発勝負」のきぬ豆腐を作るには、一定以上の濃度の豆乳が必要になるのです。
そして息を飲むような「ワン・ツー寄せ」を見せていただきました。
「ワン・ツー」というのは、豆乳とにがりをかき混ぜる「寄せ」の行程で使われる道具の名前です。桶の一回り小さな円盤に取っ手がついたこの道具を、上下に「ワン!ツー!」と動かすと、円盤に空いた穴を豆乳が通過することで対流が起き、その勢いでにがりが撹拌されていきます。
平間さんのワン・ツー寄せ。空気を包み込んだ豆乳が顔に迫るように盛り上がったかと思えば、音を立てながらくるくるっと円盤を回すようにかき混ぜ引き上げます。その動作はわずか10秒足らず。簡単に見えるようで、水圧の重みに耐えながら道具を動かすパワーと瞬時の判断力が必要な作業です。
「盛り上がりが収まった時に様子を見て固まり具合を判断しているんです」と平間さん。こうして出来上がるのが、もめんに使用する豆乳濃度の水準を超えた、濃厚で、ふわっと空気を抱き込んだ、柔らかな寄せ豆腐です。
「はらからもめん」の特色、“ふんわり感”を生み出す肝となる行程が「型入れ」です。
一般的なもめん豆腐は、桶で固めた寄せ豆腐を細かく崩すことで、固まった豆腐と中の水分が分離していき、再び型箱で圧をかけながら脱水していきます。
一方で、「はらからもめん」の型入れは、先ほど固めた寄せ豆腐を “崩す”のではなく“崩さず”入れるのが鉄則。
「え!?崩さないのですか?」と、私は思わず声を上げてしまいました。
「ええ、うちは “ソフトもめん”なので崩しません」
「ソフトもめん」とは、もめん豆腐の中でも極めてきぬ豆腐に近い柔らかさと滑らかさを持った豆腐のこと。製造工程は一般的なもめん豆腐とあまり変わらないものの、型入れの際、崩さず流し込むことが製法の特徴とされています。細かく崩した豆腐を圧縮した場合は断面につなぎ目や隙間が残りますが、「ソフトもめん」の場合は断面もきぬ豆腐のように滑らかに仕上がります。成形の際も、無理に水分を押し出さないようゆっくり圧力をかけていきます。だからあんなにふんわりと空気を含んだ食感がキープされていたのだ、と納得しました。圧縮が終わり、「船」とよばれる大きな水槽に解き放たれた豆腐は、約800gの立方体に切り分けられ、下半分はパックへ収められます。
最後は「袋詰め」。仕上がりは極めてソフトなため、少しでも指や袋が当たるだけで、角が潰れてしまうので、そっと慎重に入れなければなりません。こちらもベテランの利用者さんが手際よく豆腐を包装し、くるくるっと口を結んでいきます。
「ところで、はらからもめんはどうしてこんなに大きいんですか?」と長年の疑問を尋ねると、「たまたま、はじめに教えてもらった豆腐がこの800gの大きさだったんです。型箱もはじめからこの大きさだったんで…」
実は、この豆腐が「上」と「下」で食べ分けができるということを意識していなかったそうなのです。まさか、作り手が狙いもせずこの豆腐が完成されていったとは…長年ファンであった私にとっては新たな衝撃でもありました(笑)
「作りづらくても魅力あるものを」という「蔵王すずしろ」の想いが起点となって、このユニークな豆腐を生み出すことに成功した背景には、現場の職員と利用者の連携が欠かせません。
工房を見学していて印象的だったのは、ひとりひとりが、「わたしの立ち位置」「わたしの役割」を持ち、仲間のことを思いやって、作業に取り組んでいる姿。
「豆腐作りはたのしいですか?」と、利用者のおひとりに伺うと、「はいっ!!」と元気に答えてくれました。現場に立つみなさんが、「はらから(同胞)」と共に作る豆腐を誇りに思っていることが伝わってきました。
「品質で評価してもらえる美味しい商品を作るために、いままで “障がい者には難しい”と言われてきたことを、どうやったらできるのかを考えることが大切なんです」という武田理事長。
「同胞」がひとつになり、本当に誇れるものを作り上げる。はらから福祉会の理念が投影された「はらからもめん」は、福祉会、そして私にとっても、大切な「原点」です。
旅は続きます。
幼少から豆中心の食生活を送り、豆腐はその中心にあり、無類の豆腐好き。外国人に日本語を教える講師を目指して勉強している過程で食文化も一緒に伝えたい と「豆腐マイスター」を取得。国内だけにとどまらず海外でも、手作り豆腐ワークショップや食育イベントを実施して経験を積む。2018年より「往来(おうらい)」をテーマに本格的に活動を開始。豆腐関連のイベント企画・メディア出演などを通して、各地で豆腐文化の啓蒙活動を行っている。
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