十人豆色~とうふのうまみ旅~
vol.6 「ここ」から生まれる「ものがたり」と「ものづくり」

豆腐の原料は、大豆・水・にがり。
シンプルだからこそ、繊細な手作業が仕上がりを大きく左右し、作る人の「人となり」や「考え」、その日の「気分」までも、鏡のように映し出すのだと、職人さんは言います。
だから豆腐の魅力は“十人豆色”(じゅうにんといろ)。
作り手の想いあふれる豆腐との出会いを求め、各地の豆腐屋さんを往き来し、見て、聞いて、味わって、感じ取ってきた豆腐の魅力を綴ります。

“来静” のお誘いに導かれて

「工藤さん、清水区で新たに発見された在来大豆“ここ豆”を、豆腐屋が加工し商品化しようという動きがあります。今度、枝豆収穫祭がありますので “来静” しませんか?」
そうお声がけをしてくれたのは、静岡県豆腐油揚商工組合の事務局長を務める土屋正美 (つちやまさみ)さんです。送られてきたメールには、畑作業に活き活きと取り組む豆腐屋さんの姿や、地元農家さんとの集合写真も添えられていました。ワクワク期待は高まり、さっそく静岡を訪れることにしました。


車窓からもくっきりと眺めることが出来た富士山

 

「ここ豆」の育成プロジェクトと豆腐屋さんの動向について取材させていただくために伺ったのは、「オクシズ(奥静岡の呼称)」のひとつ、清水区中河内(なかごうち)です。山梨県との県境となる山間まで車を走らせると、辺りに広がるのは「茶畑」や「竹林」。ここ中河内は、興津川上流にある西河内と合わせて「両河内(りょうごうち)」と呼ばれ、「銘茶の隠れ里」と言われています。竹林ではおいしい筍も採れ、他にもみかんの生産やこんにゃくの製造が行われている地域なんだそうです。そしてたどり着いた「豆畑」の隣もやはり茶畑。閑静な環境で、活き活きと、そしてふっくらと、枝豆は実っていました。


「ここ豆」が作付けされた畑のすぐ隣には茶畑

「ここ豆」と「豆腐屋さん」の出会い


畑にふっくらと実る「ここ豆」の枝豆

 

5・6年前、まだ名も無い大豆を知人から譲り受け、種を絶やさぬようにと大切に栽培してきたのは、地元農家の望月節子(もちづきせつこ)さん。ほんの一握り程度から栽培をはじめ、収穫した豆は手前味噌を作る友人たちへ配っていたと言います。

「なにせ私もね、大豆なんてとても大変だから初めは断ったんだけどね。友人がどうしてもと言うから試しに撒いてみたら、そりゃあ“グジュグジュ”っと、たくさん豆が実ったんですよ」と独特の表現で説明をしてくれました。


撮影の協力のお願いに、照れながらも応えてくれた節子さん

 

節子さんが種を繋いできた大豆は、驚くほど大粒で、甘みと旨みが凝縮されていると評判になりました。やがて、この豆は「在来大豆」として認められ「“ここ”にしかない豆」、「ここ豆」と名付けられました。「ここ豆」を地域の新たな資源として町の活性化に繋げる可能性を探るべく、地元農家の有志で「ここ豆会」が発足、今年から本格的に栽培が始まりました。

興味深いのは、「ここ豆会」の中心で動かれているメンバーの本業は、なんとお茶の栽培と製茶をされているお茶屋さんだということ。

「ここ豆を植えている畑も、もともとは茶畑だったんですよ」と、土屋さん。

実は、このプロジェクトは年々増えている「放棄茶畑」の再活用としても将来性が期待されているのです。

“大廃業時代” に立ち向かうには

新たな在来大豆で付加価値を付けた商品づくりを、組合員である豆腐屋さんへ提案するべく、“静岡の在来大豆”を数年前から探し求めていた土屋さん。「ここ豆」と静岡県豆腐油揚商工組合の協働が生まれた経緯を伺いました。

 

「これからこの日本で待ち受けているのは個人店の“大廃業時代”。いま以上に、豆腐製造者にとって厳しい時代に対面することになります。静岡の豆腐屋さんは、ちょうど今、“世代交代”が起こっている真っ只中で、廃業するか事業を継承するかの2択を迫られている方が多いんです」

土屋さんは、もともと広告代理店の制作部で勤務していたというバックグラウンドを持っています。その後独立し、縁あって組合の事務局員を務めることに。現在は、本職のデザイン業を活かし、組合に所属する豆腐屋さんにパッケージデザイン支援や販促の提案などを行っています。特に近年は、「事業継承」のタイミングにある豆腐屋さんが現状を踏まえ、新商品開発に向けた合同研修会の企画や、補助金に関する情報提供にも力を入れているそうです。

「課題は “顧客の創造”と“適正利潤の確保”。組合員に対して、訴え続けていることはこの2つで、昔から変わりません。僕の務めは、皆さんに対して情報をフラットに届け応援することです」

清水区で新たな在来大豆「ここ豆」が発見されたことは豆腐屋さんにとっても朗報と言えるかもしれません。土屋さんは「ここ豆」という付加価値をつけた豆腐づくりが、豆腐屋さんにとっても新たな事業となる可能性を、組合員の定例会で提唱。その後すぐに関心を寄せた数名の職人さんが「ここ豆」で豆腐を試作することに。普段扱っている豆とは特質が異なるため、豆腐づくりがうまくいく保証はありませんでしたが、試作品の出来は上々で「ここ豆会」のメンバーからも高評価を受けました。すると「これならいける!」と「ここ豆」の購入を希望する豆腐屋さんが相次ぎ、協働事業が本格的に始まったそうです。

あくまで主役は豆腐屋さんであり、自らはその調整役でありサポート役、という姿勢を崩さない土屋さん。今回の協働プロジェクトに関しても、組合員である豆腐屋さんの事業をなんとか守り発展させたい、そんな熱意を強く感じました。

町おこしの「種」で人が繋がる

 

「ここ豆会」と清水区役所主催の共同企画によって開催された枝豆収穫祭の当日。お子さまからご年配の方、地元メディアまで、述べ70名ほどの参加者が集い、収穫体験と塩茹での枝豆の試食を満喫されていました。「大きい豆だね〜!」「うわ〜甘い!」と絶賛する声があがりました。


参加者が収穫した枝豆をシンプルに塩茹でに

 

私も茹でたての枝豆をいただきました。まず、指でほんの少し押すだけで、鞘からまん丸な豆が飛び出てきます。畑から採れたばかりいうこともありフレッシュな香りが食欲をそそります。噛めば噛むほど甘みと旨みを感じるので、じっくり味わうことができました。ビールがあったら、とつい想像してしまいましたが、ここはぐっと我慢です。

さらに嬉しいサプライズ。「ここ豆」での豆腐づくりに希望を見出し「ここ豆会」の皆さんとも親睦を深めてきたエンドー豆腐店の遠藤さんが、この日にあわせて「ここ豆」のきぬ豆腐を作ってきてくださったのです。つるんと喉越しが良く、醤油なしで豆の甘みを堪能できる絶品でした。


何もかけずともそのままで甘みがしっかりと感じられる豆腐

 

主催された方々は、参加者からの反響を直接受け取り、自信が持てたようです。
「ここ豆会」会長の望月道俊さんは、「初めの参加希望者はたった4名だったのに、気がつけばバス2台分のお客さん。これだけ人が中河内に集まるということはなかなかないですよ。続けていかないといけないですね」と照れながらも嬉しそうに語っていました。


参加者へ挨拶をする望月さん

 

この豆に希望を抱く人々が世代の垣根を越えて繋がり、地域が元気になっていく。「ここ豆」は中河内の町おこしの「種」であり、その芽は着実に出始めています。

「ここにしかない豆腐」へ

「枝豆」の時期が終わり熟成が進むと「大豆」となります。一般的に、豆腐や納豆、味噌といった加工品に使われることが圧倒的に多い大豆を地域資源とするには、やはり農家さんと加工業者である豆腐屋さんの連携が重要になってくるようです。
今年収穫が予定されている大豆はまだ少量ですが、この豆に魅了された豆腐の作り手がそれぞれの技術と製法で豆腐に加工し、商品化される予定です。

「ここにしかない豆」から、今度は「ここにしかない豆腐」へ。職人のものづくりは黙々とひとりで、という孤独なイメージが付きがちですが、中河内の皆さんとの密接な繋がりから生まれる「ここ豆」の豆腐は、農家さんや自治体との連携の輪の中で生まれた新たな豆腐として、地元が誇る自慢の豆腐に成長していくような予感がします。
「ここ」から始まる“ものがたり”、そして“ものづくり”の新たな展開に、期待を膨らませ、また “来静” の約束をしたのでした。


ここ豆の枝豆

 

旅は続きます。

 

〈静岡県豆腐油揚商工組合〉
https://www.tofu-shizuoka.com
工藤詩織 プロフィール

幼少から豆中心の食生活を送り、豆腐はその中心にあり、無類の豆腐好き。外国人に日本語を教える講師を目指して勉強している過程で食文化も一緒に伝えたい と「豆腐マイスター」を取得。国内だけにとどまらず海外でも、手作り豆腐ワークショップや食育イベントを実施して経験を積む。2018年より「往来(おうらい)」をテーマに本格的に活動を開始。豆腐関連のイベント企画・メディア出演などを通して、各地で豆腐文化の啓蒙活動を行っている。


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