十人豆色~とうふのうまみ旅~
vol.21 五箇山の歴史を紡ぐ、堅豆腐・後編

豆腐の原料は、大豆・水・にがり。
シンプルだからこそ、繊細な手作業が仕上がりを大きく左右し、作る人の「人となり」や「考え」、その日の「気分」までも、鏡のように映し出すのだと、職人さんは言います。
だから豆腐の魅力は“十人豆色”(じゅうにんといろ)。
作り手の想いあふれる豆腐との出会いを求め、各地の豆腐屋さんを往き来し、見て、聞いて、味わって、感じ取ってきた豆腐の魅力を綴ります。

 

山里の暮らしを伝える“ホンコサマ”

今回は、富山県南砺市、五箇山エリアへのとうふ旅の続きです。
旅の後半は、五箇山で大切に守り受け継がれてきた“ホンコサマ”の体験です。

“ホンコサマ”とは、この地で深く信仰されてきた浄土真宗における「報恩講(ほうおんこう)」を指します。宗祖である親鸞聖人の遺徳を偲び、先祖への感謝とともに一年間の無事を親戚や近隣の人々と喜び合う大切な行事です。農作物の収穫期が終わり、冬ごもりの準備がひと段落する10月から年末にかけて、各家庭ごとに行われます。

「私たちにとっては収穫祭でもあり、先祖さまに健康を報告する機会でもあるんです。ここではクリスマスよりも報恩講が大切ですよ(笑)」と宮脇さん。

“ホンコサマ”では、僧侶の読経を聞いたあとに、野菜や山菜、そして「堅豆腐」を使った精進料理が朱塗りの御膳で振る舞われます。これらの御膳や器は、各家の蔵で大切に保管されてきたそうです。

「ホンコサマのために、御膳や漆の器も用意するのです。五箇山では仏事は朱塗りですが、黒塗りを使う地域もありますよ」

地域によって、しつらえが異なるのもまた興味深いですね。

ホンコサマは、五箇山の人々にとって、年に一度の特別な日であることが想像できます。

御膳に並ぶ、親鸞聖人の好物

この日、ねこのくら工房の従業員である酒井さんの嫁ぎ先である宿「よしのや」さんで 、宮脇さん、酒井さん、中村さん、そして地元高校の栄養士をされていた滝谷さんと共に、“ホンコサマ”形式のお食事をいただけることになりました。

“ホンコサマ”で提供されるのは、大自然の中で採れる山の幸・川の幸の豊かな食材の素朴な味わいが活かされた精進料理。

「おひら」と呼ばれる煮しめ、青豆をすりつぶして山菜を和えた「じんだ」、「大根なます」、小豆の甘煮など、親鸞聖人の「好物」とされてきた料理が、お椀に一つ一つ盛られて御膳に並びます。どれから手をつけたら良いのかわからないほど盛り沢山です。

「たとえば春に採れた山菜も、一番いいものを“ホンコサマ用”に保管しておくんですよ」

塩漬けや天日干しといった先人たちの保存の知恵によって、季節を越えて自然の恵みを味わうことができるようになったのですね。
“ホンコサマ”にも各家庭の「味」があり、女性たちによって代々受け継がれてきました。その準備は、3・4日前から始まるそうです。

「里芋の皮むきだけでも沢山あるんですよ(笑)」と酒井さんが教えてくれました。

伝承の味を実食

さて、いよいよ実食です。

まず目に留まったのは、お椀にどんと「堅豆腐」がのった「おひら」と呼ばれる煮しめ。隙間から一生懸命に覗くと豆腐の下には、里芋やごぼうが入っているようです。

「煮しめた堅豆腐を蓋のようにかぶせるのが伝統なんですよ」と宮脇さんが教えてくださりました。

そして左手前のお椀の中には、一口分のご飯。
昔は稗(ひえ)などが主流で白いお米は貴重だったため、ホンコサマの時だけは、遠慮せずおかわりをしてお腹いっぱい食べられるよう配慮し、はじめは一口分だけよそうのが習わしとのことです。

そして、蓋つきの碗を開けると、さいの目にカットされた「堅豆腐」と小豆、「ずいき」という里芋や白芋の葉柄がゴロゴロと入っていました。こちらは、「あずきおつけ」と呼ばれる汁物です。


あずきおつけ

 

「小豆は親鸞聖人さんの大好物だったというのと、聖人様が長い旅路で“かっけ”にならないように小豆を食べていたとも言われているんです」と宮脇さん。

意外な組み合わせに感じましたが、小豆のほっくりとした甘味と、堅豆腐の淡白な旨味が絶妙なバランスでした。

「御膳だけでなくお重にもおかずを詰めて、“ホンコサマをしました”というご報告と共に、ご近所さんにお裾分けするんです」

集落内では、“ホンコサマ”の習わしによって小さな食文化交流が行われてきたことがわかります。

特別なお酒

“ホンコサマ”は精進ですが、この夜はよしのやさんのご好意で、特別なお酒をご用意いただきました。

「こちらは骨酒(こつざけ)です」

ほんのりと湯気がのぼる大きな酒器を覗くと、中には立派な岩魚(イワナ)が丸々一尾!
初見の私にとっては、なかなかの迫力です。

熱めの日本酒に滲み出た岩魚の出汁。
その旨味でお酒の角が丸くなったように感じます。
淡白な豆腐との相性も良く、じんわりと体温まる一杯でした。

自然の厳しさを受け入れながらも、限りある恵みを最大限に楽しむ五箇山の伝統料理たち。
その一皿一皿に、食材を無駄にせず隅々まで味わうための創意工夫を感じました。

「どれも質素だけれど、これが一番の贅沢なんですよ」

宮脇さんの言葉に、大きくうなずきました。

「人生は、二度美味しい!」

お酒が進んできたところで、再び宮脇さんの豆腐づくりの話題になりました。

家具職人から転身し、第二の人生として堅豆腐づくりを始めた宮脇さん。
豆腐工房を立ち上げた際には、驚く人々も少なくなかったそうです。

「ここでは、“豆腐づくり”と言うと、女性の仕事という印象があったんですよ」と滝谷さん。

なるほど、“職人の生業”としての豆腐づくりに目を向けると、どうしても男性の世界のように思えてきますが、五箇山のように山里の暮らしの中で育まれてきた豆腐づくりは、元来女性の手仕事だったようです。

それでも宮脇さんは、五箇山の素晴らしい自然や豊かな食文化を守り伝えたい、という想いで、ねこの蔵工房を続けてきました。

「豆腐づくりはこのエリアでは有り得ないと思われたかもしれない。でも、家具作りに満足した僕にとっては、自分の知らない新しい分野に対する挑戦なんです」

そして最後に宮脇さんが一言。

「僕の人生は、二度美味しい!」

ご自身の豆腐屋人生をそう語る宮脇さんのニッコリ笑顔が、胸に焼き付く宴の締めくくりでした。


宮脇廣さん、酒井弘美さん、細川雅美さん

 

日本の豆腐文化の原点でもある「堅豆腐」をつくる宮脇さんとの出会いを通じ、五箇山で伝承されてきた暮らしの中の食文化を体験することができました。

ねこのくら工房の皆さん、貴重な経験と交流の時間をありがとうございました。

季節の移ろいを感じに、再訪したいと思います。

旅は続きます。

 

<ねこのくら工房>
〒939-1923 富山県南砺市下梨2074
TEL:0763-66-2678
営業時間:9:00〜18:00
http://nekonokura.com/

 

<五箇山旅館 よしのや>
〒939-1961 富山県南砺市五箇山 皆葎(かいむぐら)366
http://www.yoshinoya.burari.biz/
工藤詩織 プロフィール

幼少から豆中心の食生活を送り、豆腐はその中心にあり、無類の豆腐好き。外国人に日本語を教える講師を目指して勉強している過程で食文化も一緒に伝えたい と「豆腐マイスター」を取得。国内だけにとどまらず海外でも、手作り豆腐ワークショップや食育イベントを実施して経験を積む。2018年より「往来(おうらい)」をテーマに本格的に活動を開始。豆腐関連のイベント企画・メディア出演などを通して、各地で豆腐文化の啓蒙活動を行っている。


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