
豆腐の原料は、大豆・水・にがり。
シンプルだからこそ、繊細な手作業が仕上がりを大きく左右し、作る人の「人となり」や「考え」、その日の「気分」までも、鏡のように映し出すのだと、職人さんは言います。
だから豆腐の魅力は“十人豆色”(じゅうにんといろ)。
作り手の想いあふれる豆腐との出会いを求め、各地の豆腐屋さんを往き来し、見て、聞いて、味わって、感じ取ってきた豆腐の魅力を綴ります。
とある日のことでした。
何気なくテレビを見ていると、島根県西部の真砂(まさご)という里山で、かつておばあちゃんたちが作ってきた昔ながら豆腐をつくる工房が紹介されていました。風呂釜のような大釜から浮かび上がる湯気。切り出された出来立ての木綿豆腐は、お皿の上でそびえ立つような存在感を放っていました。
「これは、おいしそう!どんな味がするんだろう?」と、思わず画面越しに豆腐の味を想像してしまうほど魅了されました。
豆腐の名は「真砂のとうふ」。
あれから1年……ご縁をいただき、その工房を訪れる日がやってきました。
島根県益田(ますだ)市の玄関口である萩・石見空港に降り立つと出迎えてくれたのは、「真砂のとうふ」を製造する「有限会社 真砂」の代表・岩井 賢朗(いわい けんろう)さん。地元の人々からは「トウフマン」の愛称で親しまれています。
益田市の中心地から30分ほど車を走らせトンネルを抜けると、次第に建物の間隔が広がり、田んぼも増えてきました。日晩山(ひぐらしやま)を背にした人口357名の里山。ここが、真砂地区です。
「うちの工房は初めての方は見逃してしまうほど小さな建物なので……。あ、こちらです(笑)」
大自然に囲まれた、鮮やかな瓦屋根の工房に到着しました。
豆腐の製造を担当していたのは、岩井さんを含め3名。隣の厨房では、2名の従業員さんが仕出し用の弁当作りを急ピッチで進めていました。
男性陣2人とともに豆腐づくりをしていたのは、城市(じょういち)フミさん。この工房の従業員の中では最年長の女性の作り手です。
成型が終わった大きな型箱をひっくり返しながら豆腐を水中に取り出すと、今度は慣れた手つきで一丁分ずつ切り分けていきます。力作業も何のその、と言った勢いで、テキパキと仕事をこなしていきます。
「働ける場があるのはとってもありがたいですよ」と話す城市さんに、豆腐づくりの経歴を伺いました。
「真砂に嫁に来た時から、隣近所の豆腐づくりを見せてもらってね。最初は“見よう見まね”でした。昔はミキサーなんてないから、石臼で豆を挽いて。家で作るときは、そんなに量は作っていなかったけれどね。昔はお祭りとお正月、行事の時に作っていましたよ」
この地では、かつて女性たちが、自家製の大豆から豆腐を手づくりしていたようです。
当時の豆腐の食べ方を伺うと、
「もちろんできたては生で食べていましたし、寒い時はおつゆ(汁物)に豆腐を必ずいれてね。お正月は“すぼ豆腐”をつくっていましたよ」と教えてくださいました。
“すぼ豆腐”とは、巻き簾や藁などで包んだ豆腐を煮ることで、豆腐に「す」を立たせて味を染み込みやすくした加工品です。こういった豆腐加工品が、ハレの日の食卓に登場したのですね。
真砂地区では、昭和30年代に2000名ほどいた住民が、今では375名ほどに急減。
過疎化・高齢化が進む里山をどうにか活性化させるべく、住民有志の出資によって、地域商社「有限会社 真砂」が立ち上げられました。岩井さんは設立直後に入社し、2代目の代表となりました。
「うちの会社は小さな商社ですが、城市さんのような女性たちを中心に受け継がれてきた、いわゆる“おばあちゃんの手仕事”を商品化することで、雇用の場と経済の循環をつくっています。現在は、その主力商品が豆腐というわけです」
岩井さんのお話から、少しずつ「真砂のとうふ」の成り立ちが見えてきました。
直火で熱を加えながら大釜を木べらでかき混ぜ、じっくりと豆乳を炊いていきます。
原料に使われるのは、島根県産大豆サチユタカと日晩山の伏流水です。
炊き上がった豆乳を桶に移し空になった釜を除くと、釜底には茶色く焦がされた豆乳の膜がびっしりと張っています。まるで、香ばしく焼いた湯葉のようです。
この「焦げ」こそが「真砂のとうふ」の特徴のひとつで、釜炊きならではの独自の「香ばしさ」が豆腐にも宿るのです。決して、強い苦味があるわけではなく、煎り豆のような素朴な香りが鼻を抜けるような印象です。
「はい、桶豆腐ですよ」
天然にがりで固めたばかりの豆腐がまん丸に盛られています。
まるで水風船のように水分を内包した豆腐は、口の中でプチっと弾けて、中から香ばしさと旨味が溢れ出しました。
現在では市内のスーパーや飲食店でも「真砂のとうふ」が認知され支持されています。主力商品の豆腐の他にも、味噌やこんにゃくなど、昔ながらの手仕事から生まれる加工品や、それらを調理した弁当や総菜も手がけています。
「真砂での活動は、決して私ひとりでやっているわけではないんです」と岩井さん。
島根県では、公民館を核とした持続可能な地域づくりが推進され、真砂地区では地域商社である「有限会社 真砂」と公民館、そして学校の3拠点が「真砂トライアングル」となって協働し、率先して地域運営の仕組みが作られてきたそうです。
作業をひと段落させた岩井さんが案内してくださったのは公民館です。
そこには、岩井さんとともに地域づくりに取り組んできた、元・学校教員の三浦 弘恵さん、公民館長の大庭 完さん、自治組織の事務局を務める岸本 真樹さんが出迎えてくださいました。
地域の経済の循環と多世代交流の仕掛けづくりのために軸となったのは「食」と「農」。
里山の環境を活かした食育活動です。
子どもたちに対しては、農体験や豆腐作り体験などの学びの場をコーディネートし、ときには小・中学生の考案メニューを実際に商品化させイベントで販売を行うこともあるそうです。
「食べものへの意識が変わると、子どもの表情って本当に明るくなるのよ。生きる力は生涯の自信になるの」とニコニコ語る三浦さんは、生徒自らが昼食用の弁当を作り学校に持参する日を設けるなど、受動的でなく主体的に参画できる食育活動を編み出してきたそうです。
子どもたちの「ふるさと」に対する愛着も培われば、将来県外へ就職しても、Uターンで真砂へ戻ってくるケースも期待できます。
そして、生産農家として活動する60代〜90代の住民に対して、専門家からの指導を受ける場を設けるなどの支援にも力を注いでいます。栽培された農作物は、スーパーだけでなく市内の保育所の給食食材として提供されています。
“地域のために、子どもたちのために”と張り合いをもって働くことは、経済力だけでなく、生きがいをもたらします。
「もちろん、若い移住者を増やすことも大切ですが、じいちゃん・ばあちゃんには元気でいてもらわないとこの地域はダメなんです。大切なんです」と岩井さん。
他にも、買い物難民になってしまった住民が楽しんで参加できる交流型の買い物バスツアーの運行や、地域活動の拠点となるカフェスペースのオープン。さらには、園児が“おさんぽ”と題して年配者の家を訪ね食事や趣味の時間を共有する「里山保育」が誕生し、全国でも話題になりました。
「子どもをここで育てたい!と思える理想の場所ですよ」と話す岸本さんも移住者の一人です。
「紆余曲折ありましたが、住民自らが、自分たちの暮らしや教育について、しっかり考えるようになったんです。これはすごいことですよ」と館長大庭さん。
これらの真砂地区の自治的な取り組みは、過疎地域の自立活性化の優良事例として評価され、同様の課題を抱えた他の地域からの視察が絶えないそうです。
岩井さんは自身の豆腐づくりを“ローテク”(ハイテクの反義語)という言葉で表現します。
「今は、島根の大学生の提案で、ライフセーバーをしている若者たちがつくった地元産にがりで、“ALL島根産のローテク豆腐”をつくっていますよ」と現在進行中のプロジェクトについて語る岩井さん。
「実は音楽をやっていたので、昔からインディーズバンドが好きなんですよ。うちの豆腐も、全国の品評会で賞を取るようなものを目指しているわけではありません。まあ、変態なんですよ(笑)」
岩井さんが大切にしているのは、大々的に宣伝をしてメジャーな世界で輝くのではなく、これまで受け継がれてきた自分たちの“ローテク”な豆腐作りを、自分たちの最小限のフィールド・真砂でやり抜くこと。
真砂の女性たちが作ってきた直火釜炊きのローテクな豆腐に、岩井さんのインディーズ精神がくすぐられたのにも納得です。
過疎化や少子高齢化、交通弱者の増大、農業の担い手の不足による耕作放棄地の増大。
今日、明日では解決できない地域課題と向き合い、人々に寄り添いながら山里の暮らしを守る豆腐づくり。
トウフマン・岩井さんが守る“ローテク豆腐”に誘われて訪れた真砂地区。
その里山で垣間見たのは、子どもから大人まで「住んでいてよかった」と思える暮らしづくりでした。
唯一無二の豊かさが、これからも守られていきますように。
岩井さん、地域の皆さま、訪問の機会をいただきありがとうございました。
また、会いましょう。
旅は続きます。
幼少から豆中心の食生活を送り、豆腐はその中心にあり、無類の豆腐好き。外国人に日本語を教える講師を目指して勉強している過程で食文化も一緒に伝えたい と「豆腐マイスター」を取得。国内だけにとどまらず海外でも、手作り豆腐ワークショップや食育イベントを実施して経験を積む。2018年より「往来(おうらい)」をテーマに本格的に活動を開始。豆腐関連のイベント企画・メディア出演などを通して、各地で豆腐文化の啓蒙活動を行っている。
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