日本・うまみの作り手探訪
vol.4 小布施町で見つけた赤ちゃん天使の牛乳屋さん

鉄道会社で地域の特産品を扱うプロジェクトに携わる寺田菜々美さんが、日本各地を訪ね、そこで出会った日本の伝統食材や郷土食などの“美味しいもの”はもちろん、その土地を愛し、新たなことにも挑戦しようとする“作り手さん”の情熱や商品に込めた想いを伝えます。

 

毎日暑い日が続いていますね。
夏バテしやすい時期だからこそ、お風呂上がりにきゅっと冷やした栄養のある牛乳を飲みたくなるのは私だけでしょうか。
もし、そんな方がいたら朗報です。

今回は、長野県は北信濃の「小布施」という町にある、とっておきの牛乳屋さん「オブセ牛乳」をご紹介します。
人口1万人という長野県で一番小さな行政区域でありながら、栗菓子や葛飾北斎、ガーデニング、先進的な町づくりで観光地としても人気の高い小布施町。
その名を冠したこの小さな牛乳屋さんの牛乳を、小布施町の保育園児・幼稚園児、小中学生は毎日給食で飲んで育ちます。

半世紀に渡り地元で愛され続けている牛乳の美味しさと人気の秘密を聞いてきました。

ぶどう畑に囲まれたのどかな牛乳工場

栗の町として有名な小布施町ですが、町内にはワイナリーもあるほど、ぶどうの栽培も盛んに行われています。

そんなぶどう棚に囲まれたのどかな風景の中に、オブセ牛乳の工場があります。
工場の前には小布施町ではおなじみの天使のロゴマークの入った配達トラックが!
隣町で育った私としては、このロゴマークをみただけで、なんとなく地元に帰ってきたような感覚になり、ほっこりしてしまいます。

今回、お話を伺ったのは、昨年、先代から事業を引き継ぎ、3代目となったばかりの代表取締役の西岡幸宏さんと、奥様の由佳さん。
もともと、オブセ牛乳は奥様の由佳さんのご実家。第二次世界対戦後の昭和25年に由佳さんのお祖父さまが、戦後の貧しい時代に脱脂粉乳ばかり飲んでいる子どもたちにもっと栄養のある牛乳を届けたいと地元の農家から牛乳を集めだしたのがはじまりです。
今日も朝の4時半から牛乳の仕込みをして、地元の保育園・幼稚園から小中学校、スーパーまで、一通りの出荷を終えたところでした。

「1日の出荷量はだいたい2500Lで、国内だと小規模にくくると多い方、中規模にくくると少ない方というくらいの製造量です。大手の牛乳メーカーさんから見れば旧式で古い機械が多いのですが、工場長が毎日大切にメンテナンスしながら使っています」

くるりと見渡せるサイズの工場ですが、数時間前まで牛乳を作っていたとは思えないほど、隅々まで手入れが行き届いていて、清潔に保たれています。


これはなんと、あの牛乳瓶の蓋の上のあのピラピラのビニールをとりつける機械。な、懐かしい!

半世紀変わらない製造方法

牛乳が苦手は人でも、ここの牛乳は大好きという根強いファンも多いオブセ牛乳。
この美味しさの秘密は何なのでしょうか。

「実は、製法にものすごい秘密がある訳ではなくて、成分表を見ても普通の牛乳と変わらないんです。ただ、創業者が一番牛乳が美味しくなると言っていた、80℃で15分牛乳を殺菌する「高温保持殺菌」という製法を創業当時からずっと守り続けています。小さな工場だからこそできるちょっと手間のかかっている製法なんです」と幸宏さん。

通常スーパーなどに流通している大手の牛乳は、生乳を120℃〜130℃で2〜3秒ほど殺菌する「超高温殺菌」という製法で作られています。短時間で製造できて、強めに殺菌している分、賞味期限も長くて、大量生産・流通には向いていますが、どうしても牛乳本来の風味が弱くなってしまうそうです。
また、65℃程度の低温で30分ほどじっくり殺菌する「低温殺菌牛乳」もありますが、これだと逆に風味が少し強いように感じられるとのことです。
その中間をとっているのが、オブセ牛乳の「高温保持殺菌」製法なのです。
生乳ならではの濃厚な風味を残しつつ、すっきり飲みやすく、甘みがあるのが特徴です。

手間暇かけている分、お値段は普通の牛乳よりちょっぴり高めですが、
一度この味を知ってしまうともう後戻りはできません!

実は私もあまり牛乳は飲まないのですが、このオブセ牛乳は別!
見つけたら、思わず買ってしまいます。

ロゴマークと家族の物語

 

そして、オブセ牛乳といえば、瓶牛乳が一番のおすすめ商品。

「紙パックは軽くてお手頃ですが、なんとなく紙の匂いがする気がして…と言われるお客様もいらっしゃいます。重くなってしまい手間もかかりますが、牛乳屋としては、瓶で飲む牛乳がおすすめですね。瓶を持ったときや口をつけたときの冷たさも相まって、一層美味しく感じますよね」

更に、オブセ牛乳のトップアイコン、可愛い天使の赤ちゃんがレトロで瓶にマッチするんですよね。

ん?!
あれ、瓶を並べてみるとプリントされている天使の赤ちゃんのお顔が微妙に違いませんか?

「そうなんです。実は色々な子がいるんです。ひとつのデザインに統一しようとも考えたのですが、逆に面白いのでそのままにしました。それもオブセ牛乳のゆるさということで…」

牛乳パックや配達トラック、コラボグッズのロゴに使われているデザインは、アルカイックスマイルが印象的な現代っ子風の赤ちゃん天使ですが…


ちょっと大人っぽい900mL瓶の赤ちゃん天使に、なんだか生意気そうな緑色の子は学校給食定番の200mL瓶で現役です。

 


こちらは、牛乳瓶の蓋に印刷されているおチビ天使バージョン。

 


かつて使われていた各家庭の木製配達BOXの手書きバージョン(配達員さんの手書き?!)

 


出荷用のコンテナに印刷された何故か左右逆転という超レアバージョンまで!

 

「先代社長は割とおおらかで細かいことを気にしない性格だったので、印刷会社に依頼をする度に色々な赤ちゃん天使が生まれてしまったみたいで。 コンテナの左右が反転しているのは流石にブランドとして、どうなんだと聞いてみたのですが、言われて始めて気づいたような顔をされてしまいました…(笑)」

デザインは異なりますが、三日月と星に赤ちゃん天使のモチーフは共通。
半世紀前に作ったものとは思えないほどハイセンスなデザインです。

「このロゴマークを考えたのは、創業者の妻にあたる私の祖母なんです」と由佳さん。

お祖母さまは名古屋の資産家の娘でいわゆる「ハイカラさん」だったらしく、当時から良いものに触れて垢抜けたセンスの持ち主だったのだそう。

「戦時中、名古屋の軍事工場で働いていた創業者である祖父と出会い、祖父の実家があった長野に戻って、オブセ牛乳を創業しました。戦後当時、子どもが健康に育つようにと、赤ちゃんのデザインはよく牛乳屋さんに使われていたそうですが、この三日月と星のマークは祖母のセンスが生み出したものなんじゃないかなと思います」

ロゴの中に素敵な家族のストーリーが垣間見えました。
見かけた際は是非赤ちゃん天使のお顔にも注目してみてくださいね。

誇りある町の名前をもった牛乳を終わらせたくない

地元で愛され続けるオブセ牛乳ですが、実は数年前まで、廃業の危機に直面していました。

「実は僕たち夫婦が小布施に居を構えたのは、数年前で、それまでは岐阜に住んで、僕は県庁職員、妻は教師をしていました」

近年、消費量が減っている牛乳は、製造に手間もかかり、廃業するメーカーも少なくありません。
かつては小布施町内にも牛を飼っている農家がたくさんいたそうですが、時代とともにその軒数は激減し、現在オブセ牛乳の原乳は町の周辺の牧場から仕入れています。
猛暑で牛の乳の出が悪くなる時には、その日の製造に必要な乳量も確保できず、ヒヤヒヤすることもあるのだそうです。

「現状をみると牛乳屋になるというのは、かなり勇気のいる決断でしたが、妻の実家に訪れた際に、いかにオブセ牛乳がこの小布施という歴史ある町で愛されてきたかを知って、廃業してしまうのが、もったいないと思ってしまったんです」

西岡さんは県庁を退職した後、お世話になった同僚の皆様へのお礼として、オブセ牛乳のロゴマークを入れたマグカップを配ったのだそうです。退職記念につくったものの、思わぬ反響を読んで、今ではオブセ牛乳のグッズとして販売もしています。


その時のマグカップがこちら。

 


最近では、地元で活動するハンドメイド作家さんとコラボして、可愛らしくて丈夫なトートバックも作ったそうです。

 

他にも、ご存知の方も多いと思いますが、オブセ牛乳100%の「オブセ牛乳」シリーズのお菓子はパッケージのかわいさも相まって、首都圏でも大人気の商品です。

コラボ商品やグッズは、長野県のアンテナショップ「銀座NAGANO」やECサイトでも販売しているそうです。

オブセ牛乳のこれから

最後に由佳さんが、
「先日、小布施町へ研究にきている慶應義塾の学生さんが、もっとオブセ牛乳の美味しさをアピールしたいと言って、ポスターを作ってくれたんですよ」と嬉しそうに、ご夫婦の似顔絵入りのポスターとロゴマークの赤ちゃん天使が瓶から飛び出しているポスターを見せてくれました。

ご夫婦の穏やかな人柄も相まって、小布施町に来る人みんなをファンにしてしまう、そんな魅力の詰まった牛乳屋さんなんですね。

「小布施という歴史ある町の名前を預かっている牛乳である以上、続けていくためには利益についても考えていかなくてはいけないのですが、まずはファンの皆さんに変わらず愛してもらえる牛乳を作り続けていきたいと思います」と幸宏さん。

ロゴマークのついた企業ポロシャツやトラックも最近作ったものだそうですが、配達中に「いつも飲んでます」と声をかけてもらえたり、手を振ってもらえたりするたびに、地元の方からの支えを実感できるのだそう。
これからについては、まだまだ模索中だそうですが、“地域密着”という部分は変わらず貫いきたいと語ってくださいました。

そういえば、オブセ牛乳に関するエピソードがもうひとつ。
取材後、実家に戻り、オブセ牛乳の話をしていたら、父が小学生の時に小布施にある祖母の家に遊びにいくと、帰りはよく最寄り駅まで配達トラックに相乗りさせてもらっていたのだと、思い出を語ってくれました。
まさに私の父の代から地域密着企業だったんですね。

変化の激しい時代に、変わらない価値を提供し続けるには、想像以上の努力が必要なのかもしれません。それでも地元に帰れば、家族で思い出を共有できる味が残ってくれていることは、なんともありがたいことです。

少し暑さも和らいだ夕方に実家の縁側で飲むオブセ牛乳が一層濃厚で甘く感じてしまいました。

 

 

<有限会社オブセ牛乳>
長野県上高井郡小布施町大字中松532―2
http://obuse-milk.com
寺田菜々美 プロフィール

長野県長野市出身。実家はりんご農家で、4姉妹の長女として生まれる。小学生の頃から、味にうるさい実家のごはん係を担当していたため、食べることも作ることも大好き。大学は農学部に進学し、有機農業や自然栽培の文化論について研究。卒業後は、日本の伝統と風土に基づいた食や農業を切り口に、地域の魅力を再編し、地域にもっと人を送り込みたいと鉄道会社に入社。現在は、地産品の卸売事業を担当する部署で、たくさんの地域の美味しいものに囲まれながら仕事をしている。