umamiのおべんきょうprojectの連載は、
農家さんや料理家さんなど食の現場に関わる方々から
“おべんきょう”になるお話しをうかがいます。

“味博士”としてテレビや雑誌でもおなじみ、味覚の研究者・鈴木隆一さんによる、子供と味覚に関する連載です。子供の味覚を鍛えるには? 子供はどううまみを認知しているの? といった疑問を、科学的な見解から紐解いていきます。

赤ちゃんの味覚は、実は繊細

赤ちゃんは、いつ見てもかわいいものだが、果たして味がわかっているのだろうか。無邪気な顔を見ていると、まだ味覚も発達していないのではないか、と思っている人も多いだろう。しかし、実際はそうではなく、実は、赤ちゃんにもちゃんと味覚がある。

赤ちゃんは話すことができないので、意思疎通が難しい。だから、ある味を与えて、その反応を解析するほかない。赤ちゃんはいろいろな反応を示す。たとえば、顔をしかめる、口を大きく開ける、首を左右に振る、など。たとえば、酸っぱいものを口に含むと、顔をしかめる特有の表情になる。甘いものを味わっていると、穏やかに口を動かす。このように、味によって表情が変化するということは、赤ちゃんが味を認識している、ということである。

また、好き嫌いに関しても、甘味がする糖類やうま味があるアミノ酸類、必要量のミネラルとしての塩味を、栄養源として好む一方、腐敗したものに含まれている酸味や、大半の毒物に含まれている苦味を嫌うという、まさに生きるための目的どおりの嗜好を示す。ただ、甘味を好きなのは、生まれた時からだが、塩味はわかるようになるまで3か月くらいかかり、さら塩味好きになるには、4~6か月かかるとされている。

赤ちゃんの味に対する反応は意外と強く、味覚が鋭い。実は、赤ちゃんの味を感じ取る味蕾の数は成人の1.3倍あるとされている。もちろん、食経験がないので、複雑な味わいを感じる脳はあまり発達していないのだが、単純な味であれば、大人以上に感じることはできるわけだ。赤ちゃんには、スゴい味覚力があるが、せっかく持っている味覚の素質も、悪い食習慣をつけてしまうと、鈍化していってしまう。というより、味蕾の数は減る一方なので、何もしなければ鈍化してしまうと考えた方がよいくらいだ。

母乳の味は薄甘い

生まれてきてからはじめて味わうのは、母乳だろう。母乳を吸うことは、健康上の利点も大きく、母親と赤ちゃんを繋ぐ絆にもなる“授乳”だが、母乳をめぐる悩みはつきないようだ。「母乳を飲んでくれない」「母乳を飲むとき、嫌な顔をしている」「あるときは喜んで飲んでくれるのに、別のときは飲んでくれない……」。そのようなことがあるかもしれないが、それは、赤ちゃんの機嫌が悪い、というだけではないかもしれない。実際に母乳の味は微妙に変化しているのだ。

正常な母乳には、ほのかな甘味と、かすかな旨味があり、その他の味(塩味・酸味・苦味)はあまりない。図に示したのは、味覚センサーレオ(※1)で通常母乳と牛乳を比較した結果だが、母乳は牛乳に比べ味が薄いことが明らかだ。

(※1)味覚センサーとは、味覚を定量的な数値データとして出力できる機械。慶應義塾大学が開発した味覚センサー「レオ」は、「甘味・旨味・塩味・酸味・苦味」の基本5味の元になる成分を電気的に測定したあと、人工知能によって補正。人間が実際に感じる味を数値化することが可能となる。

しかし、乳腺が詰まり気味になってしまうと、甘さがなくなり、塩味が強くなる。赤ちゃんは「しょっぱい」と感じてしまうのだ。また、乳腺炎になると、母乳の出が悪くなり、塩味だけでなく本来はしないはずの酸味・苦味が出てしまっているということをこのセンサーは示している。もちろん、赤ちゃんがおいしそうに飲んでいるかが最も重要なので、その確認は忘れずに。

 

子供は猫舌

熱いものを食べることが苦手な人を猫舌の人というが、子供は概して猫舌だ。猫に限らず、人間以外は熱いものを食べる習慣がないから、みんな猫舌だけどね(笑)。

食べ物と感覚を伝える神経の間には、クッションのような層があり、これを角化層という。この角化層が熱刺激を緩めてくれる役割を果たす。そして、角化層は、年齢を重ねると層としての厚みが増すので、熱に対する耐久力も歳とともに向上すると言えるのだ。だから、大人よりも子供が猫舌の可能性は高い。しかし大人でも、猫舌の人がいる。これは、遺伝的に層が薄い人もいるだろうし、幼少期の食経験であまり熱いものを食べなかったために熱いものを食べる習慣がつかなかったということもあるだろう。
先ほど、人間以外は猫舌という話をしたが、熱いものを食べること自体が経験や学習をして身につくものなのである。猫舌である親は熱いものを子供に食べさせないので、子供も猫舌になる、と言えるのだ。熱いものを飲食する際に、舌の先端部ではなく、舌の中心部で味わえば少しは熱さも緩和される。これは、先端部に温点という熱さを感じる部分がたくさんあり、中心部であれば、先端部よりも少ないので、熱さを感じにくいからである。猫舌で、このようなほぼ無意識の舌の動きを習得していないがゆえに、熱い飲食物を口にできない人もいるだろう。そういう人は、舌の動かし方をマスターすれば、猫舌を克服できるかもしれない。

温点は、皮膚など身体の表面にもあるのだが、体表面に比べると、口の中の温点の数は少なめである。体は温度に敏感で、たとえば50℃のお湯につかることはまず不可能だが、50℃のお茶を飲む場合には、「少しぬるいな」と感じるくらいだろう。このように口の中は熱いものでもヤケドせずに飲みこむことが可能なのは、温点の数が体表面ほど多くないからである。「のど元すぎれば熱さを忘れる」と言うが、熱いものを飲み込んでしまっても、「胃が熱い」「消化管が熱い」と思わないのは、消化器官の中で熱さを伝えてくれる温点がないのだ。口もある意味では、消化管の一部(入口)なので、温点が少ない、という理解もできる。

猫舌の人も、別に何かが悪いというわけではない。鍋などを食べるのに時間がかかってしまうなど、多少の不自由はあるかもしれないが、熱いものを我慢して口に入れて、口内炎などになる方が、よほど健康には悪影響なので、無理はしない方がよいのである。猫舌を治そう、という場合でも無理せず、少しずつ取り組めばよいし、別に必ず治さなければならない性質のものでもないのだ。