十人豆色~とうふのうまみ旅~
vol.11 らるごが届ける、ひとやすみ。

豆腐の原料は、大豆・水・にがり。
シンプルだからこそ、繊細な手作業が仕上がりを大きく左右し、作る人の「人となり」や「考え」、その日の「気分」までも、鏡のように映し出すのだと、職人さんは言います。
だから豆腐の魅力は“十人豆色”(じゅうにんといろ)。
作り手の想いあふれる豆腐との出会いを求め、各地の豆腐屋さんを往き来し、見て、聞いて、味わって、感じ取ってきた豆腐の魅力を綴ります。

のぼりを目指して

あたたかな陽気の休日は、なんとなく心にゆとりが生まれ、わざわざバスに乗って出かけたり、商店街をゆっくり散策したりと、あえて遠回りや寄り道を選んでしまうのは私だけでしょうか。今回の訪問先は、杉並区上荻の豆腐屋さん、「とうふ屋らるご」です。西荻窪駅北口から商店街を越え、善福寺川にかかる小さな橋を渡り、青梅街道を目指します。「桃井四丁目」と「桃井三丁目」という2つの交差点のちょうど間に位置します。


「とうふ」のぼりが目印

 

大型トラックやバスが勢いよく走る大通りに面しているにも関わらず、店内に一歩入れば、手作りの装飾に温かみを感じるとっても静かな空間。少し恥ずかしそうに、それでも、とても嬉しそうに、来客を迎える店員さん。買うものが決まるまではそっと見守りつつ、「これは人気ですよ」と、さりげなく教えてくれます。時の流れがワンテンポ遅く流れているような感覚を覚える、不思議な豆腐屋さんなのです。

“表情豊か”に並ぶ、豆腐とお菓子

“ Largo” = ラルゴとは、もともと音楽用語のひとつです。曲のテンポを指示するために使われる用語で、「きわめてゆるやかに、表情豊かに」という意味があります。
実は「とうふ屋らるご」は、NPO法人ラルゴが、精神に障がいを抱える人々の就労継続支援の場として立ち上げた事業所なのです。“障がいをもった人たちが、ゆったりと豊かな心で、地域であたりまえの暮らしを実現できるように” 、そんな願いがお店の名前に込められています。


店頭の売り場に並ぶ商品

 

十人豆色vol.3でもご紹介した宮城県の「はらから福祉会」さんから、豆乳やおからを材料として仕入れ、自らの工房で加工し、店頭や周辺地域で販売しています。売れ筋の「よせ豆腐」は、宮城県産「ミヤギシロメ」大豆から絞られた豆乳を、塩田にがりで固め、ほのかな甘みとやさしい口当たりが自慢です。他にも、水分を切り弾力を出した小ぶりの「ざる豆腐」や、デザートになる甘いお豆腐「黒ごま絹之助」など、多様な豆腐が並びます。
そして、手作りのお菓子たちが売り場を彩ります。人気の「とうふドーナツ」、バリエーションが豊富な「おからクッキー」と「豆乳パウンドケーキ」、ごまの風味がアクセントの「豆乳プリン」など。「らるご」の言葉通り、まさに「表情豊か」な品揃えです。

持ち味は「助け合いの心」

「とうふ屋らるご」の工房を覗くと、白衣に身を包んだメンバーさん達がお菓子づくりの作業を真剣に進めていました。
「その材料はこっちじゃなくて、あっちですよ」「大丈夫?持ちましょうか?」と、声を掛け合っている様子が印象的でした。プリン作りのレシピのはじめには「2人で行います」と記され、“Aさん”の役割と“Bさん”の役割が分けられています。それぞれに任された作業があっても、一緒に働く仲間と助け合う。マスクで覆われたメンバーさんの口元からは、時折、クスクスっと小さな笑い声が聞こえてきます。油の中でコロコロと踊るドーナツ、天板に水玉模様のように並べられたクッキー、お腹がぷっくりと膨らんだパウンドケーキ。工房は甘い香りでいっぱいになりました。

節目をきっかけに


店舗に飾られた装飾も手作り

 

「今年わたしたちは10周年を迎えるので、お菓子用のロゴシールとリーフレットを新たに作ってみたいんです」
昨年の1月、お声かけくださったのは、「とうふ屋らるご」の職員、渡辺さんでした。
その当時は、各商品に別々のメンバーさんが自由に描いたラベルが貼られていました。ドーナツやクッキー、それぞれに個性があって「らるご」らしいものでした。

10周年という節目。より統一感を持たせ、“らるごのお菓子だ!” と認識しやすく、誰かにプレゼントしても喜ばれるお菓子として販売したい、これが渡辺さんの思いでした。

「らるごは福祉施設ですが、お店を構えている以上、商品の質や見た目など、意識を高く持っていかないと、売上を維持、向上させるのは本当に難しいことなのだと実感しています」

これまでも豆腐の勉強会に招いていただくなど、学生時代からお世話になってきた「らるご」の、新たな目標を実現するお手伝いが始まりました。

「らるご」らしさってなんだろう?

まずは “らるごらしさ” について、みなさんで考えることにしました。

「らるご」をひとつの言葉で現すとしたらなんだろう?
「らるご」を色に例えたら何色だろう?
「らるご」の持ち味ってなんだろう?

それらを導き出すのは「らるご」で働くみなさん自身です。
職員さんとメンバーさんで、じっくりと意見を出し合ってもらうことにしました。もちろん、個性豊かなメンバーさんの意見をまとめるのは容易ではないことが想像ができました。時間がかかったとしても、方向性が定まるまでは、みなさんの意見をしっかりと聞こうと思い、「焦らずに、ゆっくりと、無理にまとめなくて大丈夫です!」と、念押しして、連絡を待ちました。
数週間後、渡辺さんから、メンバーのみなさんから集まった“らるごらしさ”を現す言葉たちが届きました。
「気取らない」「素朴な感じ」「ゆっくり、1歩ずつ」「柔らかい」「手づくり感・手描き感」などなど。
そして、渡辺さんと同じく職員の小嶋さんからは、「お互いの違いを認め合い大切につながっていることが、らるごの仲間の持ち味です」というコメントをいただきました。
ふと、工房を見学した際の“助け合いの姿”が目に浮かびました。


共同作業を前提に作られたプリンのレシピ

 

「工藤さんの仕事がやり辛くなったらごめんね」と渡辺さんらしい気遣いのひとことが添えられていましたが……。とんでもない。むしろ、みなさんが一生懸命紡ぎ出した言葉たちを形にするプロジェクトに関われたことに、心から有り難みを感じていました。

「ひとくちの、ひとやすみ。」

これらをヒントに、ロゴのモチーフや、端的に伝わるキャッチコピーを生み出す作業です。渡辺さんの考え通り、「福祉」を前面に出すのではなく、かと言って、背伸びをし過ぎない。「らるご」の店名、働く人々のありのままの姿が伝わるようにと、私なりに考えたアイデアを融合させていきました。

らるごを象徴するイメージの核としたのは、音楽の中で一時的な休止を意味する記号である「休止符」。「八分休止符」を「芽」に見立て、小休止を重ねることで「大豆の花」が咲く。


当時のアイデアスケッチ

 

その風景を、お豆腐やお菓子を一口食べてゆったりする時間から生まれる、表情豊かな「笑顔」に重ね合わせました。そして、「休憩時間」を連想させる「おやつ」という言葉を採用し「らるごのおやつ」と名付けました。ロゴの文字は、「手づくり感・手描き感」を大切にしつつ、ゆるやかにつながる絆をイメージして丸みを出しました。キャッチコピーは、“ ひとくちの、ひとやすみ。”


作ったプリンを試食し笑顔がこぼれるメンバーさん

コミュニケーションの「種」

数通のメールで済むかもしれないやりとりでも、できるだけ訪問をしてみなさんの意見を伺い、あえて時間を掛けることにしました。半年以上の月日を経て、ようやく10周年イヤーを記念したロゴシールとリーフレットが店頭デビューを果たしました。

「“このお花って何の花?”とか、“らるごってこういう意味だったんだね”と、話しかけてくれるお客さんもいますよ」

「“かわいいね”と、お土産用におかしを買ってくれる人もいます」と、メンバーさんが教えてくれました。

みんなで話し合って生まれたロゴシールによって、お客さんの「らるご」への理解がさらに深まり、浸透してきたようです。そして、リーフレットは、単なるお店の情報提供用の資料ではなく、「とうふ屋らるご」を訪れるお客さんや、移動販売で出会う地元の方々と、話に花を咲かせるための「種」。

思わぬ追加リクエスト

数ヶ月後、職員の小嶋さんからリーフレットの増刷の依頼が届きました。そこに添えられたのは、意外な要望でした。
「メンバーさんたちは日々の内職作業で慣れているので、カットと折り作業はこちらでやろうと思います。加工なしの印刷をお願いできますか?」
「観音開き」と呼ばれるリーフレットの折作業、さらには裁断作業も、メンバーさん自らでチャレンジしたい、という、想像もしていなかったリクエスト。それでも、試行錯誤の末、あえてA3サイズに2枚分のリーフレットが納まるようにレイアウトし直し、カットの際のズレ感はメンバーさんそれぞれの個性として活きるよう、「豆の花」を基調にした柄を差し込みました。実際にカットされ、手折りされたリーフレット一枚一枚に、「表情」が加わりました。合理的で均一な「美しさ」とは異なり、どこかに手のぬくもりが感じられる仕上がりに、より一層愛着がわきました。

耳をすませば、ラッパの音色

「ト〜フ〜(ラッパの音)。お豆腐の販売をしています」

この日は店頭での販売に加え、移動販売の日。作りたての商品を載せたリアカーを引き、ミニチュアサイズのラッパを吹きながら、担当になったメンバーさんと職員さんが駅前の商店街へ出かけていきます。


引き売りに出かける風景

 

「あたたかくなったね〜」「今日はどれくらい売れるかなあ」「オススメするのは難しいけれど、頑張りましょう」
会話を交わしながら住宅街の小道をくぐり抜け、老舗の個人店が並ぶ商店街の歩道をゆっくりと進みます。

信号待ちの通行人も立ち寄りやすい、“いつもの場所” でリアカーを停め、豆腐が詰まった発泡スチロールの蓋を開けました。人気商品の「とうふドーナツ」を並べ始めると、待ち構えていたように一直線にやってくる常連さんや、リアカーの中身を覗きこむ人が、ひとり、またひとりと、豆腐やおやつを求めて立ち寄り出しました。

「とうふ屋らるごです。よろしくお願いいたします!」
偶然、通りがかった人へ、リーフレットを手渡してご挨拶。
初対面の方に声をかけるのは、誰でも勇気がいることです。

「ここに暮らす人たちはとてもあたたかくて。私たちのことを気に留めてくださるんです」
出発を見送る際の、小嶋さんのひとことを思い出しました。

真っ青な空と満開の桜。ゆったりとした時が流れる商店街で、11年目を迎えた「とうふ屋らるご」のみなさんが、周辺地域との絆を地道に深めていく様子に、あたたかな希望が見えました。

 

旅は続きます。

 

<とうふ屋らるご / NPO法人ラルゴ>
〒167-0043杉並区上荻4-26-11 バス停「桃井四丁目」からすぐ
Tel:03-3399-1338
営業時間:11:00~17:45
定休日:日・月・祝日
https://www.toufu-largo.jp/
工藤詩織 プロフィール

幼少から豆中心の食生活を送り、豆腐はその中心にあり、無類の豆腐好き。外国人に日本語を教える講師を目指して勉強している過程で食文化も一緒に伝えたい と「豆腐マイスター」を取得。国内だけにとどまらず海外でも、手作り豆腐ワークショップや食育イベントを実施して経験を積む。2018年より「往来(おうらい)」をテーマに本格的に活動を開始。豆腐関連のイベント企画・メディア出演などを通して、各地で豆腐文化の啓蒙活動を行っている。


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