十人豆色~とうふのうまみ旅~
vol.21 五箇山の歴史を紡ぐ、堅豆腐・前編

豆腐の原料は、大豆・水・にがり。
シンプルだからこそ、繊細な手作業が仕上がりを大きく左右し、作る人の「人となり」や「考え」、その日の「気分」までも、鏡のように映し出すのだと、職人さんは言います。
だから豆腐の魅力は“十人豆色”(じゅうにんといろ)。
作り手の想いあふれる豆腐との出会いを求め、各地の豆腐屋さんを往き来し、見て、聞いて、味わって、感じ取ってきた豆腐の魅力を綴ります。

 

豆腐の“原型”を求めて

奈良時代に中国から日本へ伝来した豆腐。
当時の姿はどのようなものだったのでしょうか?
そのヒントは、古くから残る文献に記された豆腐の異名にありました。

「しらかべ」、「おかべ」。

つまり、豆腐は元来「壁」に例えられてきたほど、頑丈な木綿豆腐だったと想像することができます。

その後、柔らかい木綿豆腐が登場したことによって、この豆腐の原型は「堅豆腐」あるいは「固豆腐」と呼ばれ区別されるようになったと言います。

この「堅豆腐」は、日本の中でも富山県・石川県・福井県の白山麓など、北陸地域の山間部で根付いていきました。
水分が少なくタンパクが凝縮された「堅豆腐」は日持ちも良く、交通手段が限られた豪雪地帯で暮らす人々にとって、貴重なタンパク源として重宝されたのです。特に、浄土真宗の信仰が厚い地域では、「ホンコサマ」と呼ばれる報恩講の仏事や祭りなどのハレの日のお膳料理にも、「堅豆腐」は欠かせない食材となりました。

気候風土と宗教観との結びつきによって守り受け継がれてきた「堅豆腐」の食文化を肌で感じるべく、今回は富山県の南西部、世界遺産・合掌造り集落が佇む「五箇山」エリアまで足を伸ばしました。

日本の豆腐の歴史を遡る旅がはじまります。

世界遺産の地・五箇山へ

早朝6時半、東京発の北陸新幹線に乗り、新高岡までやってきました。そこからバスに小一時間揺られ長い五箇山トンネルを抜けた先はどこか懐かしさを感じる山里でした。

「五箇山」とは、富山県南砺市の旧平村、旧上平村、旧利賀村を合わせた山村地域を指します。5つの谷から形成されることから「五箇谷間」、そこから転じて「五箇山」と呼ばれるようになりました。「こきりこ」や「麦屋節」などを代表する民謡の宝庫でもあり、和紙作りや養蚕などの伝統産業も継承されています。長く厳しい冬と共に生きる人々の知恵が生み出した合掌造りの民家は、生活の場と生業の場を兼ね備えた強固で合理的な建築として世界遺産に認定されました。

「下梨」のバス停を降り立つと、今回の訪問地「ねこのくら工房」にたどり着きました。

およそ40年ぶりの、豆腐店

「ようこそ五箇山へ。意外と近かったでしょう?(笑)」

そう笑顔で出迎えてくれたのは、工房の代表、宮脇廣(みやわき ひろし)さんです。

店内のあちこちにはかわいらしい猫のイラストや人形が装飾されていました。
ご主人は猫好きなのでしょうか……そんな想像していた著者に、宮脇さんは店内に掲示されていた船着場の風景写真を指差し、

「昔、この近くに冬期の唯一の交通手段だった河川連絡船の船着場があってね。そこが、“ねこのくら”という名前なんです」
と、解説をしてくれました。

宮脇さんが工房を立ち上げたのは15年前ほど前。このエリアでは一番新しい豆腐店です。
これまでのお話を伺いながら、さっそく建物を案内していただくことにしました。

伝統と自然に後押しされて

「ここはもともと家具を製造する作業場でした。増築が必要なほどの規模だったんです」

昭和58年から農事組合法人の代表として、ベビーチェアなどを量産する木工業を営んでいた宮脇さん。15年以上のキャリアを積み重ねましたが、海外市場との競争によって家具の需要が落ち込み、事業の継続は困難に。そこで、新規事業として勧められたのが、豆腐製造業でした。

平成7年、合掌造り集落が世界遺産に登録され、五箇山を訪れる観光客は増加し、同時に、観光名物としての「堅豆腐」の需要が高まっていきました。一方で、集落内の豆腐製造者は年々減少し続け、高齢化が加速。当時、五箇山で堅豆腐を製造していたのはわずか6軒で、昭和39年以降、豆腐店の新規開業者は1軒もありませんでした。

「各集落に豆腐屋がある中で、私が育った小さな集落には豆腐屋がなかったんですが、隣の家のおばあちゃんが石臼から大豆をひいて作った豆腐を食べさせてもらった記憶がありますね」

幼少期の宮脇さんにとっても馴染み深かった堅豆腐。その伝統を受け継ぎ、次世代へ、そして、地元を訪れる人々に伝え続けたい。そんな想いから、家具の製造現場の一部を豆腐工房へ改装し、豆腐製造への挑戦が始まりました。

「富山は、米から大豆の転作が進み、豆腐に適した大豆が豊富に採れますし、近くの高清水山(こうしょうずやま)からは湧き水が流れています。豆腐以外の選択肢は……なかったですね」

積み上げられてきた伝統と周囲に広がる大自然が、宮脇さんの決断を確固たるものにしていきました。

当然のことながら豆腐づくりはゼロからのスタートでした。地元の老舗豆腐店・萬屋(まんや)から手ほどきを受け、農産物の生産と加工を行う富山市の小原営農センターで絹ごし豆腐の製法や衛生管理などを学びます。さらには、一般的な調理の知識も付けるために料理学校へも通う徹底ぶりです。

「私、イノシシ年なんですよ(笑)。足を踏み入れたら、前にしか進まないんです」

豆腐道を「猪突猛進」で突き進んだ宮脇さん。

準備期間を経て、2005年、五箇山の地に約40年ぶりとなる豆腐店が開業を迎えました。

“ふつう” であり、合理的であること

「ねこのくら工房」で宮脇さんが目指すのは、元来の素朴な、“ふつう”の美味しさ。
過去の取材記事に目を通しても、宮脇さんは必ず「ふつう」という言葉を用いているのが印象的でした。

地元産の大豆を使うこと、消泡剤は使わないこと、天然にがりで固めること。
これらは、この土地で、かつてはごく当たり前にあった“ふつう”の豆腐のつくり方。

“ふつう”であることの価値、“ふつう”が失われる危機感、様々な想いからこの言葉を選んでいるように思います。

そして、もうひとつ、宮脇さんが大切にしているのは、合理的であること。

「もともと量産の工場でものづくりをしていたので、いかに合理的に同じ品質のものを作るかを考えています。豆腐は手作りであろうが、偏屈にこだわることはないんです。天然にがりの扱いはやはり難しいですけどね」

完成品をイメージしてからプロセスを逆算し、品質を一定にすることに集中する。

会話を重ねるうちに、これまでの家具作りから現在の豆腐作りにまで一貫する、宮脇さんのものづくりの姿勢が見えてきました。

迷いのない表情で、手際よく作業を進める宮脇さんは話し続けます。

「いかに成型から水晒しまでを効率的に行うかは、豆腐の日持ちにも関わってくるんです」

木綿の型箱に敷き詰めた布を指して、

「この布はもともと豆乳の“濾し袋” だったものを分解して作ったんです。化繊でできているので長持ちするんですよ」と教えてくれました。

使いやすい道具が見つからなければ自作してしまうところにも、合理性を追求する宮脇さんらしさを感じます。

大きな一丁を切り出してようやく出来上がった堅豆腐は、見るからにずっしりとした重厚感と、雪のような白い輝きを放っていました。

現場に立つ女性の活躍

「うちは優秀な女性陣が製造、加工、商品開発も行なっているんですよ」と宮脇さん。

現在の「ねこのくら工房」で働く従業員さんは、皆さん女性です。
隣の工房で油揚げを揚げていたのは、従業員の酒井弘美さん。大学卒業とともに五箇山へ移住をし茅葺き屋根の職人を経て、現在は「ねこのくら工房」で働いています。

酒井さんが次に揚げ始めたのは、丸々としたこぶし大のがんもどき。富山県でも南砺市を含む呉西地区の一部だけで作られて、「まるやま」と呼ばれています。関東でよく見られる具材を全体に混ぜ込むのではなく、山芋と練り上げた豆腐生地の中心に具材を詰めて丸く包み込まれているのが特徴です。具材はきのこ類や根菜、山菜や銀杏。一口噛むごとに食感や味わいが変化します。


呉西地区のがんもどき「まるやま」

 

他にも、手土産に人気の「平家漬けシリーズ」は、添加物を使うことなく日持ちを延ばしたアレンジ堅豆腐です。味噌漬けや地元酒造の酒粕漬け、五箇山和紙の原料・楮(こうぞ)のチップで燻した醤油味など、女性陣の手によってひとつひとつ加工されています。さらには、大豆を使った植物性のソーセージやテリーヌ、餃子など、女性陣ならではのアイデアでナチュラル志向の加工品が生み出され、自社のECサイトでも販売しています。
現場に立ち、新たな商品を生み出す女性陣の活躍は「ねこのくら工房」に彩りを添えているのですね。

「さて、今夜は“ホンコサマ”形式で五箇山堅豆腐を味わっていただきますよ」

宮脇さんに導かれ、五箇山の食文化に触れる旅は、後編へと続きます。

 

<ねこのくら工房>
〒939-1923 富山県南砺市下梨2074
TEL:0763-66-2678
営業時間:9:00〜18:00
http://nekonokura.com/
工藤詩織 プロフィール

幼少から豆中心の食生活を送り、豆腐はその中心にあり、無類の豆腐好き。外国人に日本語を教える講師を目指して勉強している過程で食文化も一緒に伝えたい と「豆腐マイスター」を取得。国内だけにとどまらず海外でも、手作り豆腐ワークショップや食育イベントを実施して経験を積む。2018年より「往来(おうらい)」をテーマに本格的に活動を開始。豆腐関連のイベント企画・メディア出演などを通して、各地で豆腐文化の啓蒙活動を行っている。


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