
今回の舞台は、和歌山県の中央部に位置する田辺市の龍神(りゅうじん)村。県内一の高さを誇る龍神岳と、「日本三美人の湯」のひとつに選ばれた龍神温泉があります。
ここで豆腐工房を営むのは、「龍神地釜とうふ工房 るあん」の店主、小澤聖(おざわきよし)さん。以前から、小澤さんの豆腐を取り寄せては、 “いつか龍神村へ足を運びたい” という気持ちを膨らませてきたのですが、今回は、オンライン形式でお話を伺いました。
千葉県出身の小澤さんは、途上国支援や自然保護への関心から、かつてはタイで山岳民族のための学校の寮の運営などに携わっていたそうです。帰国後は大工として古民家の再生に携わり、林業が盛んな龍神村には”きこり”として移住しました。なんともワールドワイドでユニークな経歴です。
龍神村や周辺の山村は、その昔から良質な杉や檜(ひのき)の産地で、かつては山から切り出した原木で筏(いかだ)を組み、「筏流し」と呼ばれる手段で川を伝って運搬していました。
「丸太を運ぶ人々は “筏師” (いかだし)と呼ばれて、日高川を数日もかけて下りました。彼らが途中、身体を休めた泊では、田んぼの畔で育った大豆を使って地釜で作られた豆腐が、”山のごちそう”として振る舞われていたようです」と、小澤さん。
かつては家庭で豆腐が手作りされてきた自然豊かな山村に、地元から、さらには各地から人々が集う個性豊かな豆腐屋さんがあったなら……。
そんな想像から、豆腐づくり未経験のまま工房を作ることに。
「地元の人からは、”小学生がいきなりプロ野球チームでプレイしたい!と言いだすほどの無茶だ”と言われましたね(笑)」と、当時を振り返ります。
地元の大工や左官職人の手を借りながら納屋を改装し、大小の釜を並べたかまど、木製の型箱、最低限の機械と道具を揃え、「るあん」の豆腐工房が完成しました。豆腐の製造は経験者の実演などを参考にしつつも独学ベースで、「今日よりも明日、より良いものを」と、絶えず情熱を注いで作り上げていきました。
“おくどさん”とも呼ばれるかまどは、小澤さんにとって工房の主(ぬし)なのだそう。風の通り道を見極めながら、自らが割った薪を1本ずつくべていきます。
大豆を水とすりつぶした呉(ご)が釜の中に入り、上下左右に絶えずかき混ぜながらじっくり炊いていきます。もちろん、自動タイマーや火力の調整機能はないので、呉からブクブクと湧き出る泡が、ホロホロと儚く消えていく変化をサインに、釜から引き上げるタイミングを見極めます。
ただし、どんなに経験を積み上げても、火を完璧に操れるようにはならないと、小澤さんはキッパリと言います。
「自然の力によって起こす火は、所詮、人間にはコントロールしきれないんです。”おくどさん”を前に、その大いなる火と向き合って、自然との繋がりを感じながら豆腐を作っているのです」
小澤さんが薪を炊いて豆腐を作るのは、職人としての「こだわり」ではなく、龍神村の人々が暮らしの中で感じてきた自然との「つながり」を感じるためだったのですね。
こうして出来上がった「るあん」の木綿豆腐やざる豆腐は、地元の人からは「かつて食べた龍神の豆腐の味わいだ!」とも評されているそうです。
大豆と釜の香りが混じり合い、優しい甘味が顔を出して口の中で淡く消えていく表情豊かなお豆腐です。ごま油と塩でシンプルに食べるのが小澤さんのおすすめです。
実は、「豆腐職人」に加えてもうひとつ、小澤さんを語るのに欠かせないのが「料理人」としての顔です。
工房には、「るあん Tofu&Botanical Kitchen Loin」と名付けられたレストランが隣接され、自らが作った豆腐を使い、地場野菜や野山の恵みを掛け合わせた料理を提供しているのです。
最近は、昔から日本各地で「郷土食」として伝わる豆腐やその食べ方にインスピレーションを得て、新たなメニューの試作に励んでいるそうです。
「今試作しているのは、豆乳を葛で練った佐賀の郷土食“呉豆腐”です。今日は試しに自家製アンチョビと、旬のミョウガを散らしてみましたよ」と嬉しそうに語る小澤さん。
彩り豊かな料理に込められるのは、豊かな自然への敬意、そして、人々が受け継いできた食文化への深い関心です。無心になって豆腐を作っていると、新しい料理のアイデアが浮かぶこともある、というエピソードも、小澤さんならではです。
「龍神地釜とうふ工房 るあん」を立ち上げ15年。
小澤さんのこれからの目標は、龍神村の自然の豊かさと食文化を伝えてきた豆腐づくりを、次世代に継承することです。
現在、「るあん継業プロジェクト」と題して、「るあん」の新たな担い手を募集しています。
工房&レストランという既存のスタイルにとらわれず、新しい形で創造してくれる方、大歓迎!とのことです。
そして、龍神での豆腐づくりに区切りをつけた後も、「豆腐」をテーマにさらなる挑戦を続けていくという小澤さん。そのフィールドは国内に限らず海外も視野に入れているそうです。
「僕がこれからみなさんと一緒に考えていきたいことは、”美味しさの先にあるものはなんだろう?”ということなんです。僕は、 “希望” だと思っています」
小澤さんらしい、なんとも壮大なテーマです。
“希望” を見出すための次なる一歩も楽しみですね。
“十人豆色な豆腐の美味しさの先にあるものはなんだろう?”
そんな問いを胸に、これからも旅を続けていきたいと思います。
幼少から豆中心の食生活を送り、豆腐はその中心にあり、無類の豆腐好き。外国人に日本語を教える講師を目指して勉強している過程で食文化も一緒に伝えたい と「豆腐マイスター」を取得。国内だけにとどまらず海外でも、手作り豆腐ワークショップや食育イベントを実施して経験を積む。2018年より「往来(おうらい)」をテーマに本格的に活動を開始。豆腐関連のイベント企画・メディア出演などを通して、各地で豆腐文化の啓蒙活動を行っている。
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