日本・うまみの作り手探訪
vol.5 とんかつ嫌いが作る優しいとんかつ

鉄道会社で地域の特産品を扱うプロジェクトに携わる寺田菜々美さんが、日本各地を訪ね、そこで出会った日本の伝統食材や郷土食などの“美味しいもの”はもちろん、その土地を愛し、新たなことにも挑戦しようとする“作り手さん”の情熱や商品に込めた想いを伝えます。

 

突然ですが、長野県にはとんかつ屋さんが多いなと思います。
長野市街地の地元民が通う飲食店に行けば、当然のようにメニューには「とんかつ」の文字が並んでいます。

もちろん私も、小さい頃からの大好物。

そんな私が最近足繁く通っているのが、
善光寺の門前にある知る人ぞ知る名店「とんかつ成満堂(じょうまんどう)」さん。

長野駅から善光寺に向かって徒歩20分。
善光寺七福神の一角・恵比寿さんで有名な西宮神社の裏手にある細い路地を抜けた先に、そのとんかつ屋さんはあります。

古本屋さん?カフェ?それとも、とんかつ?

成満堂が入るのは、2棟ある古民家がひとつにつながった珍しい造りの建物。
入り口のある1階は、古本屋さん。2階がお茶や食事のできる店舗になっているんです。

「成満堂」のある2階にあがると、そこは「大福屋」という喫茶店でもありました。「成満堂」とはどんな関係があるのでしょうか。

「この辺りは昔、善光寺のお膝元の花街だったそうで、この建物はその花街に仕出し料理を出す魚屋さんでした。古民家の紹介イベントでこの物件を見て、下宿屋を兼ねた不思議な造りが気に入って、お店を出すことに決めたんです」
と店主の望月さん。

望月さんはもともと長野市の出身で学生時代をこの善光寺門前で過ごしました。
思い出の善光寺界隈の雰囲気を残したいと、東京からUターンし、2016年の冬からこの古民家で「大福屋」を始めました。

「最初は古本屋と軽食を出す喫茶店から始まったお店です。前の店の名残を残して、今も長野市内の学校に通う学生さんが下宿もしているんです」

この大福屋の営業開始から半年ほど経ったときに開催した新メニュー試食会で、東京で会社を早期退職して料理の勉強をしていた友人の高野さんの揚げるとんかつが、予想以上に好評でした。
当時、大福屋には本格的なランチメニューがなかったので、試しにランチ限定のとんかつ屋をやってみようと、始まったのが「とんかつ成満堂」です。

とんかつが苦手な料理人が生んだ調理法

この成満堂で店主兼料理人をしているのが、高野さんです。

「僕はもともと、とんかつは苦手なんですよ。胃もたれするし、油が苦手で。そんな自分でも食べられることを条件に作ったのが、うちのとんかつです」
と大きなお肉の塊を見せながら、語り出します。

成満堂の注文は、まずは食べたいお肉の部位を選ぶところから始まります。

「好みはその人の見た目だけじゃ分からないので、これを持ってお客さんに選んでもらうところから始めます」と高野さん。

メニューにはヒレ・ロース・バラと並んでいますが、同じ部位でも脂身の付き具合で、味が違うとのこと。料理される前のお肉から選べるなんて、贅沢な経験です。

部位を選んだら、お肉を切ってもらえるのですが、そのお肉の厚いこと!

その厚いお肉にうすーく衣をつけて、衣が馴染むまで少し休ませます。
そして、低音の油で20分近くじっくりと揚げ、油から取り出した後も、余熱で厚いお肉に火が通るまでしばらく休ませます。

「しつこくないとんかつを作るコツは、焦らずじっくり待つことです。一般の飲食店ではこんなにお客さんに待ってもらうことはできないけど、この路地裏にある店に、提供の素早さを求めてくる人はあまりいないからできる調理法ですよ」

注文から約30分。とんかつが運ばれてきました。
地元産のお豆腐と塩キャベツ、お味噌汁も添えられています。
早速いただきましょう!

おすすめの食べ方は、厚みのあるとんかつを薄切りにしてもらい、岩塩でいただくというもの。
お肉本来の美味しさとジューシーさが楽しめます。

そして薄切りにしてもらうことで、食べている間に、お肉がどんどん柔らかく、そしてほのかな桜色に変わっていくんです。

最初はすごい厚みのとんかつが出てきて圧倒されましたが、あっという間にペロリ!
お肉を食べた満足感はあるのに、重たい感じが全くなく、口の中もさっぱりしています。

「うちのとんかつは、肉に下味もつけないし、筋切りもしない。時間はかけていますが、あまり手を加えてないから、手抜きですよ」と高野さんは笑いますが、食べ物への愛情とこだわりがたっぷり伝わってきました。

食べる人への思いやりが詰まったメニュー表

成満堂のメニュー表には、他にも気になる喫茶メニューがたくさんありました。

前回の記事で取り上げたオブセ牛乳を使ったうどん、その名も「ぎゅうにゅうどん」は、開業当初から続くお店の看板メニューなのだそうです。
善光寺周辺で生活をする学生が手頃な価格でお腹がいっぱいになるようにと開発されました。
「色々な牛乳で試しましたが、オブセ牛乳の甘みがないと、この優しい味は出ないんですよ」と望月さん。

そして「とんかつ」ときたら、カレー。成満堂のカレーメニューは、その名も「夢酔カレー」。
水を使わず野菜の水分とうま味のみで作っているという「無水」調理と、「かつ」と言ったら勝海舟ということで、勝海舟の父親の号である「夢酔」をかけているというこだわりの一品。
このカレーのポイントは、「秘密の野菜」が入っていること。
その「秘密の野菜」がなんなのか、今まで言い当てられた人はいないのだとか。

残念ながら、私も例に漏れず、当てることができませんでした。
皆さんも、是非、隠し味の野菜当てに挑戦してみてください。ヒントは、店主の「優しさ」です。

ゆったりとした空間から生まれるコミュニケーション

「とんかつを始めた頃は、世間のお店並に15分での提供を頑張っていた時もあるんです。でも、どのお客さんを見ても、そんな10分15分に文句をつける人はいないのだと気づいて、じっくり時間をかけても美味しいものを作るようになりました」と高野さん。

路地裏にあるのに、県内はもちろん、県外からのリピーターも多いのだとか。
口コミでじわじわとその人気は広がっていきます。

「親子3世代でお店に来てくれるご家族や、出産の予定日にとんかつを食べにきてくれた常連のお母さん、大学卒業の時にご両親を連れてきてくれた学生さん…。世代を超えて、たくさんの人がお店に来てくれて、口コミでまた新しいお客さまに出会えて。いつもこのお店はお客さまに支えられているなと思います」と望月さん。

私もいつもここに来ると、じっくり愛情のこもった料理と、丁寧な時間を過ごすことの大切さを教えてもらえるような気がしています。

ゆっくり長野時間を楽しみたい時には、とんかつ「成満堂」のランチはもちろん、モーニングとカフェの営業もしている大福屋を、是非、訪れてみてくださいね。

 

<とんかつ成満堂>
長野県長野市大字岩石町222-1
Facebook:大福屋 – daifuku-ya
寺田菜々美 プロフィール

長野県長野市出身。実家はりんご農家で、4姉妹の長女として生まれる。小学生の頃から、味にうるさい実家のごはん係を担当していたため、食べることも作ることも大好き。大学は農学部に進学し、有機農業や自然栽培の文化論について研究。卒業後は、日本の伝統と風土に基づいた食や農業を切り口に、地域の魅力を再編し、地域にもっと人を送り込みたいと鉄道会社に入社。現在は、地産品の卸売事業を担当する部署で、たくさんの地域の美味しいものに囲まれながら仕事をしている。