恵みのくにへ。
vol.1 なんにもないから、なんでもある村へ・前編

野菜作りや農業で繋がる「縁」を大切にした農縁プロジェクトをはじめ、テレビやラジオで活躍中の川瀬良子さんが、豊かな食や暮らしが息づく地「恵みのくに」を訪れ、人や食との出会い、さまざま発見をレポートします。

 

みなさんはじめまして!
川瀬良子と申します。

友達と始めたお米作りをきっかけに、テレビやラジオで、野菜作りや農業に携わる仕事が多くなり、趣味も家庭菜園での野菜作りと、農家さんの農作業のお手伝いになりました。
お米や新鮮な野菜を食べることが大好きなので、すっかりハマって9年程になります。
テレビでは、鍬を持って畑を耕し、ラジオでは、マイクを持って全国の農家さんのところへインタビューに行ったりするのですが、このように、文章を自分で書くお仕事は初めてなので、感じたことのない緊張をしておりますが、みなさんこれからよろしくお願いします!

記念すべき初回に訪れることにしたのは、「なんにもないから、なんでもある」という村。
ん?どういうこと?って、思いませんか?
これは行ってみたい!と、選ばせてもらいました。

「のぶしな」と言うところなんですが、ご存知ですか?
漢字は「信級」。
私、読めませんでした(笑)

信級(のぶしな)は、長野県の西部に位置する長野市信州新町からさらに山を隔てた地区にある、現在、120人程しか住んでいない過疎化と高齢化が進む限界集落です。
長野駅から車で30〜40分程で行けるというので、“意外と近いかも”と思っていた私が甘かったです。

想像以上の山の中、というか山の上へと車は進みます。
緑が綺麗!と思っていると、反対側は恐ろしいほど急な崖。
クネクネ山道をひたすら進んで、本当にこの先に集落があるのかな?と思っていたら、突然、家や田畑がポツポツと現れ、信級地区に到着しました。

山々に囲まれた田んぼと畑、のどかな風景は絵本に出てきそうなかわいい山間の村といった感じです。
辺りを見渡すとお店はもちろん、自販機すら見当たりません。これが「なんにもない」ってことかな…?

まずは集落の中心部にある「食堂かたつむり」へ。
もともと精米所だった建物を改装した食堂では、地元で採れた食材を使った「のぶしな定食」などを提供しているそうです。

ニッコニコの笑顔で出迎えて下さったのは、寺島順子さんです。
長野で出版社代表も務める寺島さんは、信級のご出身。数十年後に消えてしまう自分の故郷を守りたい、この限界集落を未来集落へ変えていこう!という想いから、地域おこし事業を行う「のぶしなカンパニー」を設立し、信級の人たちの拠り所「食堂かたつむり」を2年前にオープンしたそうです。

「お年寄りは“なんにもない”って言うけど、山は食材の宝庫。水道はないけど豊かな水はいっぱいある。お年寄りは生きる知恵をたくさん持っている。だから私には“なんでもある”、希望の場所に見えたの」と、寺島さんは信級の魅力を熱く語ります。
「食堂の開業準備はもちろん、今でもここの人達に助けてもらったり、いろいろ教えてもらいながら毎日やってます」
この食堂に火が灯っていることが、信級の人たちの励みになっていれば自分たちの喜びに繋がるとも語ってくれました。
寺島さんの情熱トークからは、信級を守る熱い思いと、「覚悟」が感じられました。

早速、散策へ。
山の上の休校になった小学校からは集落を一望できました。
いや〜、改めて小さな集落なんだなぁ。懐かしい日本の原風景ですね。

途中、お散歩中のおばあちゃんに出会いました。道で摘んだお花を持って歩いている姿がとってもかわいらしく、思わず声をかけてしまいました。
なんでも、お友達のところに行った帰りで、お互いが作った野菜を交換してきたそうです。この日はズッキーニを持っていました。
すると、おばあちゃん、「うちに寄って、野菜持っていってね〜」と私たちを自宅まで案内し、キュウリとインゲンをどっさり持たせてくれたのです!

初対面で、家に招いてくれて野菜もいただくなんてステキな出来事は、東京で15年暮らしている生活の中では一度も体験したことがなかったので、一気に信級のあたたかさを感じました。

食堂かたつむりに戻ると夕ご飯ができていました!
村で採れた食材をふんだんに使った田舎料理が、ずらーっとテーブルいっぱいに並んでいました。
煮物や炊きたてのお米のい〜においが漂います。

凍み大根とホタルイカの煮物。
凍み大根とは、冬の一番寒い頃に大根を干し、凍ったり解けたりを繰り返しながら風にさらすことで水分が抜け、カラカラに乾燥させたものです。大根とは思えない軽さに驚きました。
干すことで甘味が増していくんだそうです。昔は保存しておいて、田植えの一番生野菜がない時期に重宝していたのだそうです。先人たちの知恵ですよねー。
ホタルイカの出汁がしっかり凍み大根にしみていて、とっても美味しい!

ハチクと身欠きニシンの煮物。
山で採れたハチクは、シャクッと柔らかい食感。身欠きニシンのうま味がしみしみ~!
海のない長野では、干物や塩漬けなど海産物の保存食が昔から重宝されていて、料理に上手に利用してきたそうです。

そして一番驚いたのは、本日のメインディッシュ、シカ肉とイノシシ肉の焼肉です!
シカやイノシシは農作物を荒らすこともあって、罠を仕掛けているんだそうです。
今日のお肉は数週間前に仕留めたもの。命をいただくことに感謝しながら大切にいただきます。
どちらも臭みはほとんどありません。シカ肉は、意外と柔らかくてびっくり。イノシシ肉は黒っぽくて豚肉よりも硬めの食感でした。噛めば噛むほど、お肉のうま味が口に広がります。

そして最後のデザートまでも山の恵みでした!
オレンジ色でツヤっとしていて、プチプチした表面はまるで魚卵!?
恐る恐る食べてみると、ぷにゅっとやわらかくて…あまぁぁぁい!
でも、イチゴよりもさっぱりとした甘みで、飽きずにいくらでも食べられそうです。
これは、キイチゴの仲間で「モミジイチゴ」と言うのだそう。
採ってからは傷みが早いので、市場には出回らない山の幸です。その土地でしか食べることのできないおいしいものがあるんだなぁ〜と、つくづく思いました。

皆さんとごはんを食べながら、信級のことをいろいろお聞きしました。

山のことならなんでも知っている「山の先生」こと、石坂雄一さん。
いただいた名刺には「食材部 顧問」とあります。ユーモアセンスも最高です(笑)。
山に自生している食べられる山菜やきのこなどを熟知していて、食堂かたつむりで扱う山の食材の調達係も担当しているそうです。

石坂さんは、「毎日何かをしていると村の人が声をかけてくれる」と、嬉しそうにお話して下さいました。
食堂かたつむりの前を車が通ると、寺島さんと石坂さんが「今のは誰々さんの車だね、帰って来たね」などと話していて、集落全体が家族のような感覚なのかなと思いました。

お店も信号もない、水道もない、しかも私の携帯電話はずっと圏外だけど、信級はなんだかのんびりしていて良いな〜と思っていたところ、
「何でもできないと、田舎では暮らせない。全部自分たちでやらなきゃいけないんだよ」と、石坂さん。
その言葉を聞いて、“なんにもない”ことの厳しさも感じました。

「なんにもないから、なんでもある」
少しわかってきたような気がします。

信級散策はまだまだ続きます。後編では、山の恵みを探しに行きます!お楽しみに。

次ページに続きます。

 

衣装協力 : AIGLE
写真 : Masanori Wakita
川瀬良子 プロフィール

静岡県静岡市出身。
タレント、ラジオパーソナリティ。
16歳でモデルデビュー。2010年 NHK 「やさいの時間」の出演をきっかけに、野菜作りや農業への興味が深まり、農業の活性化や農家と消費者を繋ぐ「農縁プロジェクト」を立ち上げる。現在、NHK「趣味の園芸 やさいの時間」TFM&JFN「あぐりずむ」「あぐりずむ WEEKEND」などのパーソナリティとしても活躍。自身のプランター栽培での"つまずき"を元にした書籍「川瀬良子のプランター野菜」発売中。