こんにちは。川瀬良子です。
これまで、「恵みのくにへ」では、各地の食材や郷土食に触れてきました。
今回は、食べ物ではなく、その食にまつわる道具「お箸」に注目します。
日本食を食べるときに欠かすことのできないお箸。
日常生活でも、実は一番使っている道具かもしれません。
お伺いしたのは、墨田区にあるお箸専門店「江戸木箸・大黒屋」さんです。
店内には黒や赤を基調とした木箸が200種以上並んでいます。一見どれも同じに見えるお箸ですが、よく見ると、持ち手が五角や七角など様々で、素材や長さが違います。
「お箸は自分だけの道具です。箸に手を合わせるのではなくて、手に箸を合わせて選んでほしいんです。靴も試し履きしてから買うでしょう?」
そう語るのは、大黒屋のご主人・竹田勝彦さん。
言われてみれば、今まで選んできたお箸は、柄、色など、見た目ばかり重視していたような・・・。
お箸は大好きでたくさん持ってはいるのですが、しっかりと持って自分の手に馴染むかどうか、吟味して選んだことはなかったです。
「本当に大事なのは太さ、細さ、重さ、軽さ。箸って自分だけの道具なんだから」
もともと食器やお箸を扱う営業マンだったという竹田さんが、自分でお箸屋を始めたのが32年程前。
さまざまなお箸を扱う中で、自分の手に馴染むお箸がなかなか見つからなかったことから、自分でお箸を作ることにしたのだそうです。
お箸は3本の指で支えることから、奇数角のお箸を作ることを思いつきましたが、偶数角と違って平行の面がなく、しかも角度が51.4度(七角の場合)と、削るのは至難の業。
何年も試行錯誤を繰り返し、技を身につけ、ようやく五角や七角など大黒屋ならではの特別な箸が生み出されました。
これらは、他の地域で作られるものと区別するために、竹田さんが「江戸木箸」と名付け、商標登録もされているそうです。
こちらが、黒檀(コクタン・カキノキ科カキノキ属の常緑広葉樹)を使ったお箸。
左から八角削り箸、七角削り箸、五角削り箸。
五角形や七角形などに削られたお箸は、よく見ると、箸先まで五角形や七角形に削られているんです!
「箸先が丸いと食べにくいでしょ。つるつる滑って」
精密で機能的なお箸は、“すべて手作業”で削られたもの。すごい職人技が秘められていることが伝わってきます。
早速、手に持ってみると…
五角は、角をしっかり感じます。力が入る感じ。男性からの支持が多いのだそう。
七角は、指に納まって安定する感覚がありました。
八角は、マルに近いので心地よく柔らかい感じでした。
今までお箸の形といえば、マルか四角のお箸が当たり前と思っていたのですが、形によって手に馴染む感覚がこんなに違うとは驚きです!
「人によって握る角度が違うから、皆さんの手に合わせるとなると色々作らないと」と竹田さん。
早速、隣の工房へ行って箸作りを見学させてもらいました。
「ザー」と音を立ててベルトコンベアのように動くサンドペーパーの上に、太さ約1センチ程の棒状の木材をのせて、竹田さんは一面一面丁寧に削っていきます。
こちらから見ていると、わずかに木材が動いているのがわかりますが…削り終わったものを見せていただくと見事な七角になっている!!!
え~!?いつの間に!?なんで!?
隣でじーっと見させていただいていたのに・・・
マジックショーを見ている気分です(笑)
すごい!!
主に動いているのは、右手の中指。
お箸に添えて、転がす様に優しくゆっくり何度か前後に動かしています。
竹田さんの指先は本当に繊細で、美しい。
指の感覚で、わずかな角度の変化を感じ取っているんですね~!
これぞ職人技!!
この後、数種のサンドペーパーを使い分けながら、さらに削り、表面を滑らかにして形を整え、ツヤを出していくそうです。
「お箸を作っているときは、どんなことを考えているんですか?」とお聞きすると
「どんな人が使ってくれるのかな?食事をよりおいしく感じて食べてもらえるかな?そんな気持ちを込めて作っていますよ」と、竹田さんは少し照れながら、笑顔で答えて下さいました。
お箸に職人さんのこんなに深い思いが詰まっているとは!
最初は、どれも同じだと感じてしまったお箸達ですが、削り方や木目、そして機能性を追求した大黒屋さんの木箸に、一膳ずつ、それぞれの持つ美しさを感じました。
ところで、大黒屋さんでは、用途に合わせたお箸も多数作っているそうです。
麺類や豆腐など、それぞれの食材を“つまみやすく食べやすく”、持ち手と箸先が工夫されています。
実は私、らーめん箸を持っているのですが、丸く持ちやすく、箸先の形は四角で、麺がつかみやすいように面に凹凸が。麺をしっかり挟むことができて、とても食べやすいです。ここにも、緻密に計算された職人技が詰まっています。
らーめんを食べるのはこのお箸!と決めているので、お箸を使う楽しみにも繋がります。
そして今回、初めて目にしたのが、箸先が針の様にかなり細く削られたお刺身専用の「刺身箸」です。これは、料理人によって絶妙な厚さに切られたお刺身を口に入れた時の、箸先の口当たりまで考えて作ったのだそうです。
「お箸の良し悪しは、持ち手部分だけでなく、箸先一寸(3cm)でも決まります」と竹田さん。
確かに、お箸って握りやすさも大事ですが、箸先は口に当たるものなので食事の美味しさを左右する気がします。料理に合わせて食器を選ぶように、料理によってお箸を使い分けて食事を楽しむのも粋ですよね。
「命の橋渡しをするのが箸の役割。命の根源を口に運ぶ道具だからね」と、竹田さん。
あらためて、お箸って本当に大切な道具なんだ、と気付かされました。
取材後は、竹田さんのアドバイスをいただき、手に持って感触をしっかりと確かめて、これだ!というお箸を買わせて頂きました。
大黒屋さんでは、お箸の修理やメンテナンスまでしてくださるそうです。毎日使うものだからこそ大切に使って、一生もののお箸にしたいと思いました。
使ってみると、絵柄のないシンプルなお箸なのに、食卓に華やかさが増すと同時に、引き締めてくれているようで、姿勢まで凛とするんです。
食事に対する気持ちまで変えることができる、お箸の偉大さを実感!
今回の取材を通じて、あらためて、お箸の国ニッポンの和食文化、箸文化の素晴らしさにも気づくことができました。
「恵みのくに」は、毎日使う身近な道具“お箸”の中にありました。
竹田さん、職人の皆さん、取材にご協力いただきありがとうございました!
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江戸木箸 大黒屋
東京都墨田区東向島2-3-6
http://www.edokibashi-daikokuya.com
衣装協力:AIGLE
撮影:工藤詩織
静岡県静岡市出身。
タレント、ラジオパーソナリティ。
16歳でモデルデビュー。2010年 NHK 「やさいの時間」の出演をきっかけに、野菜作りや農業への興味が深まり、農業の活性化や農家と消費者を繋ぐ「農縁プロジェクト」を立ち上げる。現在、NHK「趣味の園芸 やさいの時間」TFM&JFN「あぐりずむ」「あぐりずむ WEEKEND」などのパーソナリティとしても活躍。自身のプランター栽培での"つまずき"を元にした書籍「川瀬良子のプランター野菜」発売中。