十人豆色~とうふのうまみ旅~
vol.1「豆の色」は、いろいろ。

豆腐の原料は、大豆・水・にがり。
シンプルだからこそ、繊細な手作業が仕上がりを大きく左右し、作る人の「人となり」や「考え」、その日の「気分」までも、鏡のように映し出すのだと、職人さんは言います。
だから豆腐の魅力は“十人豆色”(じゅうにんといろ)。
作り手の想いあふれる豆腐との出会いを求め、各地の豆腐屋さんを往き来し、見て、聞いて、味わって、感じ取ってきた豆腐の魅力を綴ります。

はじめに

初めまして。工藤 詩織と申します。
私は幼少期からの白米の代わりに豆腐を主食のように食べて育ちました。
親しい友人からの誕生日祝いも、「豆腐にローソク」。愛称もいつしか「まめちゃん」に。
そんな豆腐好きが高じて、豆腐を作る職人さんや豆腐の原料となる大豆に興味を持ち、数年前より、各地の豆腐屋さんの現場を往き来しています。

日本には、豆腐製造者数は、6000軒以上あると言われています。
白くて、四角くて、値段も手頃。
陳列されてしまうと違いが見えづらい豆腐ですが、それらを「みな同じ」、と横並びにしてはもったいない気がします。
かといって、「これがいちばん!」と縦に序列する必要もなく。
それぞれの豆腐にはそれぞれの「色」があり、その作り手はもっと個性的。
家族経営のお店から、生産数の大きな工場規模のメーカーさん、現役60年を越える職人さんから、他の業界から飛び込んできた挑戦者まで。
この時代に「豆腐造り」を生業に生きる人々の多様さを、この目で確かめたい、と思っています。

この連載では、私の「往来」の一部をご紹介することで、「豆腐」という食材がもっと面白いものに、そして、「豆腐屋」という生業がもっと身近な存在に感じていただけたらと思います。

「豆の色」いろいろ、な豆腐屋さんのお話。

さて、旅の始まりは「豆の色」を大切にした豆腐屋さんのお話です。
訪ねてきたのは岩手県八幡平市(はちまんたい)の「ふうせつ花(ふうせつか)」さん。

盛岡市から車で約1時間。八幡平市は、秋田県との県境にまたがり珍しい高山植物が観察できる山群「八幡平」や、スキーリゾート地の「安比高原」など観光地としても有名です。雄大でどこか神秘的な自然は、四季折々に表情を変えて出迎えてくれます。

市の中心部からさらに北西に進んだ国道沿いの長閑な場所に「ふうせつ花」さんはあります。
一見、豆腐屋さんとは思えない外観です。
「ふうせつ花」という、親しみを持ちやすく柔らかな語感のネーミングも印象的です。

「店の名前は女房が考えたんだよ。頑固親父じゃなくて、普通の田舎の気立てのいいお母さんが豆腐をつくっているようなイメージ。だけど、それは、本物だよっていう。“お母さん”と “本物感”。だって、頑固親父の“ってやんでい!”みたいなのってめんどくさいじゃん(笑)」と、ユーモアを交えて話すのは、今回お話を伺った代表の石田秀悦さん。

代名詞は「ざる豆腐」と「湯波」

ふうせつ花さんがユニークなのは、外観だけではありません。
店内を見渡すと「パック詰めの、白くて四角い豆腐」が見当たらないのです。
「ふうせつ花」さんの代名詞は、2つ。
ひとつは、美しく盛られた「ざる豆腐」。
おたまで薄くすくった豆腐を、ざるの中で幾重にも重ね圧力をかけずに自然のスピードで水分を落とします。ツヤと弾力のある豆腐をスプーンでふわっとすくい、そのままシンプルのいただくのが一番です。

ふたつめは、1枚1枚たぐり寄せた「汲み上げ湯波」です。
濃厚な豆乳を低温でじっくり温めることで肉厚な湯波に仕上がります。
湯波と言えば、わさび醤油が鉄板ですが、お塩をほんの少しつけると甘みが引き立ちます。

観光地だからこそ、“普段使い”の豆腐はあえて作らず、 “完成品”として食べられるものをお店の看板に。他にも、豆乳やおからを使った手作りワッフルやドーナツなど、お土産として持ち帰りやすい常温商品も展開しています。

「四角くて白い豆腐で見た目が同じでは同じカテゴリーに押し込められて価格競争に乗っかるだけ。逆に、商品が多すぎて “これとこれとこれなにがちがうの?”とお客さんに聞かれても、豆が違う、製法も違う、にがりも違う…これでは簡潔に説明ができない」

4色の大豆

そこで、石田さんが着目したのが「豆の色」でした。
全国に300〜500種、あるいはそれ以上、とも言われている大豆。
「ザ・大豆」としてイメージしやすい黄色い大豆に加え、緑・茶・黒・赤、雑種のようなものから模様があるものなど、色や形は様々。
見た目が似ていても、味や香りには繊細な違いがあります。
石田さんが厳選したのは、味のバランスがとれた黄・フレッシュな甘みの緑・気品ある香りの茶・独特の味わいを持つ黒。工房では、それぞれの豆の特性を熟知した職人さんによって豆腐造りが行われています。

そもそも、豆腐の「うまみ」は、「豆の持っているポテンシャル」だと話す石田さん。たとえ単収(収穫できる量)が少なくとも、豆腐にしづらいと言われる品種であっても、“血の濃い大豆”を探し求めたそうです。
「鳩も、糖質と香りを嗅ぎ分けて畑の豆を食べにくるんだよ。たとえば香り高い緑豆や茶豆が好きなんだ」こんな“豆知識”も忘れず教えてくれました。

この日は、黒大豆の豆腐造りを見学しましたが、豆の「色」をしっかり引き出すために、大豆を浸した際に色の出た水を使っているそうです。これも、皮が破れやすい黒大豆の性質を見極めているからこそです。


ざるの中で薄い豆腐の層が重ねられ色艶がある豆腐が完成する。

 


現在製造している「ざる豆腐」は黄・緑・茶・黒の4色、「汲み上げ湯波」は黄・緑の2色の大豆を使用。

 

「こだわり」は通過点。

石田さんは、売ろうがための“こだわり”というものを考えたことがない、と言います。うっかりこだわりを聞き出そうとしていた私は、内心焦りつつ聴きに徹します。
「やってる本人は“こだわり”って思ってないんですよ。当たり前だと思ってやってるだけなんです。自分が食べたいと思っている豆腐を作っているだけなんです。(こだわりというのは)どうしたら自分の“会心作”ができあがるのか、という中の通過点でしかない」
なるほど。お話を聴いていると、石田さんが「こだわる」ことよりも大切にしているものがだんだんと見えてきました。

 

心を動かす「うつくしさ」をつくる。

「食べてみたらわかる、というのは絵に描いたような餅であって、まず、手に取ってもらうにはどうすればいいのか?を突き詰めないと」と語る石田さんが追求したのは「かわいさ」と「うつくしさ」。
「美味しいのは当たり前。食べ物には色っぽさがあったほうがいい。それは男も女も一緒(笑)」大事なことはいつもジョーク付き。
目に止まりやすく立ち寄りたくなるような外観と、洗練されつつもどこか安心感を覚える店内。一目で色の識別ができる親切かつシンプルなパッケージデザイン。目指すのは、皮一枚にとらわれない「うつくしさ」であり、究極の「伝わりやすさ」。石田さんが磨き続けてきたものは、“こだわり”そのものよりも、「伝わるように表現する力」なのではないでしょうか。

この日も、ふうせつ花さんの「色」のある豆腐や湯波を求め、各地からお客さんが訪れていました。「社長はお店に立たないんですか?」と石田さんに尋ねると、「ワシが出ると店のイメージがね…(笑)」ここでも表現者の顔が、チラリと見えました。

旅は続きます。

 

〈ふうせつ花〉岩手県八幡平市保戸坂236
http://fusetsuka.com/
TEL:0195-72-8008 FAX:0195-72-5675
営業時間:10:00-18:00(年中無休)

 

工藤詩織 プロフィール

幼少から豆中心の食生活を送り、豆腐はその中心にあり、無類の豆腐好き。外国人に日本語を教える講師を目指して勉強している過程で食文化も一緒に伝えたい と「豆腐マイスター」を取得。国内だけにとどまらず海外でも、手作り豆腐ワークショップや食育イベントを実施して経験を積む。2018年より「往来(おうらい)」をテーマに本格的に活動を開始。豆腐関連のイベント企画・メディア出演などを通して、各地で豆腐文化の啓蒙活動を行っている。


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