十人豆色~とうふのうまみ旅~
vol.17 太田の食と人を引き寄せて

豆腐の原料は、大豆・水・にがり。
シンプルだからこそ、繊細な手作業が仕上がりを大きく左右し、作る人の「人となり」や「考え」、その日の「気分」までも、鏡のように映し出すのだと、職人さんは言います。
だから豆腐の魅力は“十人豆色”(じゅうにんといろ)。
作り手の想いあふれる豆腐との出会いを求め、各地の豆腐屋さんを往き来し、見て、聞いて、味わって、感じ取ってきた豆腐の魅力を綴ります。

 

工業と農業のまち、太田

9月下旬、絵に描いたような秋晴れ。
群馬県の南東部、太田市を訪ねました。群馬県出身である著者にとってもまだ未開拓の地です。
今回の旅の目的は、市内で豆腐製造を行う「叶食品」の地元食材のみで作られた新しい商品の試食会に参加するためです。


豊富な地産品を扱う「みちの駅おおた」

 

SUBARU自動車に代表される北関東随一の工業都市とも呼ばれる太田市ですが、利根川の豊富な水がもたらす肥沃な土壌に恵まれ、農業も盛んな地域なのです。みちの駅おおたでは、 地元で栽培された農産物や作家の民芸・工芸品などを取り揃え、屋台形式のケータリングカーが並びます。


店内並ぶ市内の生産者が育てた大和芋

 

代表的なのは、太田市尾島地区の大和芋。すりおろすと箸で掴んで持ち上げられるほどのもっちりとした強力な粘りを生み出します。それでいて、空気を含んだようなふんわり感と豊かな風味。著者の実家も山芋ではなく大和芋派で、「とろろごはん」や「お好み焼き」に欠かせない食材でした。


道の駅のケータリングカービレッジで提供する「とろろそば」

 

もうひとつ、店内で目についたのは、細長い棒状のお稲荷さん。これは利根川を挟んで向かい側に位置する埼玉県熊谷市妻沼(めぬま)地区、聖天山の門前町で栄えた「聖天稲荷(しょうてんいなり)」の流れを汲んだ稲荷寿司で、群馬県内でも珍しい形状です。江戸時代から続く県境を越えた食の文化交流を垣間見ることができました。

太田の素材を結集させて

翌月からの販売に先立ち開かれた試食会には、各素材の生産者、来賓の方、一般消費者、報道関係者の方まで集い、完成を祝いました。
お披露目されたのは、大和芋を繋ぎとして使用した「がんもどき」。円形ではなく雫型になっているのも可愛らしいです。ベースとなる豆腐の原料である大豆ももちろん太田市産。具材として入るねぎ、人参も、近隣の生産者の方々によって育てられた究極の地産地消の一品です。

「がんもどき」には、効率性や安定性、保存管理を考慮して、業務用の粉末芋を使用することも多く、大量生産となると、こねや成形を機械に頼らざるを得ません。しかしこの新しいがんもどきは、生の大和芋を使用し、熟練した職人たちによる手ごねで成形されています。

提供されたがんもどきを箸でつかむと、大和芋を彷彿させるような弾力を感じました。それぞれの素材の風味や食感が活かされた生産者の顔が見えるがんもどきは、温もりを感じる優しい甘みが宿っていました。

「豆腐の原料大豆から野菜まで、すべての素材を太田市内から集めることができたのは本当に幸運です。太田野菜の美味しさを広めていきたいです」

並並ならぬ想いを語ったのは、専務・狩野満秀さんです。狩野さんの表情から、この日までに長い道のりがあったことを感じ取ることができました。


専務・狩野満秀さん

きっかけは一枚の手ぬぐい

この旅のキッカケを生み出したのは、一枚の手ぬぐいでした。

遡ること半年前、同じく群馬出身である消しゴム版画イラストレーター・とみこはんと、豆腐柄の手ぬぐいをつくる共同プロジェクトを始動しました。旅と食べ物をテーマに消しゴムではんこを生み出してきたとみこはんの作風に惹かれ、「豆腐をテーマに雑貨作りがしたい」と相談したことがきっかけです。豆腐の地域性や汎用性といった魅力を、堅苦しいカタチではなく、親しみやすく、可愛らしく、豆腐職人さんも使いやすい“手ぬぐい”というカタチで表現してみたかったのです。

消しゴム版画イラストレーター・とみこはん

 

数年前から構想していたものの、独りで動き出す勇気もなく温めていた雑貨作りプロジェクトが
ついに走り出しました。決して、誰かからオファーがあったわけではなく、買い手も決まっていないものの、いつか各地の豆腐屋さんの店頭に手ぬぐいが並ぶことを想像するとワクワクしました。

日本を見渡せば、同じ豆腐1丁でも大きさや厚みが違うことや、豆腐の楽しみ方は食材との組み合わせ次第で広がること。ふたりの視点で掘り下げた豆腐の魅力がイラストに落とし込まれ、ようやくデザインが決定しました。


戸田屋商店

 

手ぬぐいの染めをお願いしたのは、とみこはんとも手ぬぐい製作の実績のある創業140年を誇る老舗の戸田屋商店さんです。実際の染め上がりをできるだけ忠実にイメージできるように、大量の生地サンプルを見ながら細部まで色決めを行いました。


同系色だけでもテーブルに収まりきらないほどのサンプル

 

製作開始から3ヶ月、手ぬぐいが染め上がりました。「流水ブルー」と名付けた水色にプカプカと浮かんだ各地の豆腐。鰹節やネギ、生姜のトッピング。本染めの風合いは格別なものでした。

交差した2つのプロジェクト

納期がようやく見えてきたころ、ホームページなどで「予約販売」の告知を行いました。

「その手ぬぐい、うちの豆腐の納め先である、みちの駅おおたで販売したいです!」と、いち早く反応してくれたのが、叶食品の狩野さんです。

まだ実物を見せられない段階から販路を確保し、都内で開催した手ぬぐいのお披露目会にも、太田から足を運んでくれた狩野さんのフットワークの軽さには、正直驚いてしまいました。そこで手土産として差し出してくれたのが、発売前のがんもどきでした。私たちの手ぬぐい作りと時を同じくして、狩野さんはがんもどきの開発に邁進中だったのです。
手ぬぐいとがんもどき。ふたつのプロジェクトから生まれた商品が出会い同じ場で販売できることに、運命のようなありがたい縁を感じ試食会への参加を決めたのでした。


道の駅おおたの店頭に並んだ手ぬぐい

謙虚な姿勢で引き寄せた縁

「昔はもっと受け身で仕事をしていたんです。でも、様々な縁に恵まれてカタチになりました。こんな風に試食会を開けるのは最初で最後かもしれません(笑)」

一世一代の気持ちで挑んだ試食会が終わり、少しだけホッとした様子の狩野さんが、製造工場を案内してくれました。毎日食べても飽きない豆腐を目指した豆乳の濃度調整、豆腐を成型する型箱の深さによる食感の違い、パック詰めした後の処理の種類……少々マニアックなお話まで惜しげも無く話してくれました。やはり、豆腐の話になると熱が入り止まらないご様子です。

 

「豆腐屋ってね、外に出ないから、豆腐以外のことは何も知らないんですよ(笑)」

その謙虚な姿勢の中に光る豆腐に対する情熱が、地域のひとびとの共感を集めていったのだと思います。
食料自給率やフード・マイレージの観点からも、こういった地域単位の取り組みはますます重要になっています。地元食材の魅力を結集させたがんもどきもまた、太田市の農と食文化を支える存在として期待が高まります。

 

旅は続きます。

 

<叶食品>
〒379-2301 群馬県太田市藪塚町2206
http://www.kanouyatoubei.com/

<道の駅 おおた>
〒370-0421 群馬県太田市粕川町701-1
工藤詩織 プロフィール

幼少から豆中心の食生活を送り、豆腐はその中心にあり、無類の豆腐好き。外国人に日本語を教える講師を目指して勉強している過程で食文化も一緒に伝えたい と「豆腐マイスター」を取得。国内だけにとどまらず海外でも、手作り豆腐ワークショップや食育イベントを実施して経験を積む。2018年より「往来(おうらい)」をテーマに本格的に活動を開始。豆腐関連のイベント企画・メディア出演などを通して、各地で豆腐文化の啓蒙活動を行っている。


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