十人豆色~とうふのうまみ旅~
vol.5 名水とアイデアの湧き出す里

豆腐の原料は、大豆・水・にがり。
シンプルだからこそ、繊細な手作業が仕上がりを大きく左右し、作る人の「人となり」や「考え」、その日の「気分」までも、鏡のように映し出すのだと、職人さんは言います。
だから豆腐の魅力は“十人豆色”(じゅうにんといろ)。
作り手の想いあふれる豆腐との出会いを求め、各地の豆腐屋さんを往き来し、見て、聞いて、味わって、感じ取ってきた豆腐の魅力を綴ります。

「カムイワッカ」の湧き出す里で

北海道に、「カムイワッカ(神の水)」と呼ばれる湧水で人々を魅了し続ける山があるのをご存知でしょうか。その山の名は、「羊蹄山(ようていざん)」。 シルエットが富士山に似ていることから、「蝦夷富士」(えぞ=北海道の古称)という呼称がついています。この美しい山の南山麓に位置する真狩村(まっかりむら)で、「カムイワッカ」をつかって豆腐づくりを営んでいるのが、今回ご紹介する「湧水の里(わきみずのさと)」です。


蛇口つきの採水場の向かいに店舗を構えている

 


岩肌から静かに流れ出す湧水

 

大地に染み込んだ雨と雪解け水が、半世紀以上もの歳月をかけて地中で濾過されることで磨かれ、ミネラル成分を豊富に含んだ「カムイワッカ」。口に含むと甘味が感じられます。この名水を使用した豆腐がある、と聞けば、誰もが「一度はその味を確かめてみたい」と、惹きつけられるのではないでしょうか。
事実、「湧水の里」には道内に限らず国内各地、さらには海外からもお客さんが訪れ、ゴールデンウィークや夏などの休暇シーズンには、店頭にズラッと行列ができるほど。豆腐の直営店としての1日あたりの売り上げは全国1位を誇ります。今回、経営責任者である常務取締役の渡辺英人さんに、ファンを魅了してやまない豆腐屋「湧水の里」の取り組みについてお話を伺いました。

ファンを飽きさせない店作り


豊富な豆腐の品揃えを前に、買い物かごいっぱいにしているお客さんばかり。

 

まずは広々とした店内を見学。陳列棚には、実にバラエティ豊かな豆腐が並びます。品評会受賞歴のある「名水きぬ」をはじめとしたプレーンの豆腐から、地元で農業を学ぶ高校生との共同開発商品「鶴の恩返し」、自家製スモーク豆腐、わさび入りの豆腐、鶴の子わらび餅……目移りしてしまうほど。定番の豆腐に加えて、毎回、「お!今日も新しい豆腐がある!」と、新たな出会いが待っていれば、何度も足を運ぶ「湧水の里ファン」が続出するのにも納得です。

豆腐に使用されている大豆は、道南をルーツとした「鶴の子」大豆をはじめ、豆腐ごとに大豆の品種や配合を変えるというこだわりぶり。お店の一番奥には、「試食コーナー」が設置され、ほとんどの豆腐を試食することができるようになっています。豆腐を一度に何種類も食べ比べお気に入りを見つける、という貴重な体験に、お客さんもワクワク楽しそうでした。

お客さんが名付けた「すごい豆腐」

「湧水の里」が誇る人気商品の一つが「すごい豆腐」。一度聞いたら忘れることのないネーミングですね。由来を尋ねると、「これは、お客さまが名付けてくれた豆腐なんです」と渡辺さん。
どういうことかというと、商品化前の試作品を味見したお客さんの、「この豆腐は “すごいね!”」という感想から名付けられたそうなのです。いったい、何が“すごい”のでしょうか。


出来立ての豆腐が水槽の中に並ぶ

 

この「すごい豆腐」の特長は2つあります。
まずは、大豆を微粉砕した「全粒粉」から作った豆乳を使用している豆腐であること。

大豆の全粒粉

 

通常、すりつぶした大豆から「豆乳」を絞り出す過程で生産される「おから」は、食物繊維が豊富な「可食部」であるにも関わらず、その消費量の少なさから「産業廃棄物」として処理されているのが現状です。その排出量は全国で年間70〜80万トンと言われています。当然、廃棄には費用がかかり、長年、豆腐製造事業者にとっては大きな負担となっています。

そんなおからの廃棄問題を解決する糸口として生まれたのが、おからを排出しない「大豆まるごと豆腐」。大豆をまるごと粉にして水に溶かし加熱をすることで豆乳が出来上がります。環境への配慮だけでなく、大豆本来の栄養成分が余すことなく摂取できるという利点もあり、各地でこの製法を取り入れた事例が見られます。

ただし、粉を水で溶かして豆乳にするので、仕上がった豆腐を食べると、若干の “ザラつき”を感じる、という欠点もあります。
そこで、「湧水の里」が考案したのが「豆乳かえし」。これが「すごい豆腐」の第2の特長です。
「大豆まるごとならではのコクと甘みを活かしつつ、ザラつきをカバーするため、豆腐のパックにはお水ではなく豆乳を注ぐんです」
なるほど、豆腐がパックの中で豆乳を吸い込むことで、さらに濃厚でなめらかな味わいになるのですね。


豆腐の周りに注がれるのは、水ではなく、「濃厚豆乳」

 

こうして出来上がるのが、大豆まるごとの香ばしさとまったりした舌触りを併せ持つ「すごい豆腐」。
個人的におすすめなのは、豆乳ごと温めて塩を振って食べる「温やっこ」。土鍋で温めながら具材を足せば、即席豆乳鍋に様変わり。 “おいしい” や“濃い”では言い表せない、まさに“すごい”味わいです。

つくることが楽しい、売れることが嬉しい

この日、現場で「すごい豆腐」を製造していたのは、職人歴約1年半、“期待の若手”と渡辺さんも太鼓判を押す目谷さんです。高校時代のインターンシップで「湧水の里」の豆腐に出会い、「ここで働きたい」と就職を志願し、念願の豆腐職人としてのキャリア歩みだしたそうです。

 

「自分の作った豆腐が店頭に並ぶと、あっという間に売れていくのはとても嬉しいです」
私の密着取材に若干の照れを見せる目谷さんに、商品開発についても尋ねてみると、「普段何気なくテレビを観て、 “これは豆腐に合うかも!”とひらめくアイデアもあります。思いついたことを現場で共有すると、渡辺さんや現場の先輩たちも、 “あ、いいね〜”と言ってくれるんです」と、答えてくれました。
現在は、いままでにない新食感の豆腐を考案中の目谷さん。
「つくる夢 豆にこだわり 水を求めて」と、看板に掲げたコンセプトのように、「夢の豆腐づくり」を楽しんでいる職人さんに出会うことができ、なんだかとっても心が温まりました。

パン屋さん、はじめました。

「もう一箇所お連れしたいところがあるんです」と渡辺さんに案内していただいたのは、なんと、パン屋さん!豆腐屋さんがパン屋さん?と驚くかもしれませんが、渡辺さんにそのワケを伺いました。


毎日80~100種類近いパンが勢ぞろいする石窯パンマルシェ HARU

 

「いままで培った湧水の里のブランド力を他に活かせないか、ということで始めたのがパン屋なんです」
観光地としても栄えているニセコエリアでは、朝食用やドライブ中の軽食として、もともとパンのニーズが高かったそうです。地元で厚い支持を受けている豆腐屋さんがパン屋を新たに手掛けたことで、開店当初から評判を呼んでいます。
だからといって、「湧水の里」を前面に押し出すのではなく、「HARU」という独立した世界観を創り上げることを心がけているそうです。 リスがトレードマークの可愛らしい店舗には、地元の食材を使用した創作パンがずらり。そして、「湧水の里」の豆乳を使用したコラボパンもさりげなく並んでいます。


「湧水の里」の豆乳を使用した豆乳ロール(1個130円)

 

「湧水の里」のファンが「HARU」のパンを買いに、ゆくゆくは「HARU」のファンが「湧水の里」の豆腐に興味を持ってくれるようになれば、新たな人の循環が生まれます。パン屋を始めるというのは意外な事業展開に感じられますが、実は、「豆腐」の裾野を広げる取り組みでもあるのですね。

湧き出すのはアイデアそのもの

渡辺さんの役割は、豆腐を求めて真狩村まで足を運ぶ “湧水の里ファン”の満足度を上げる取り組みを考えることだけではありません。


意気込みを語る渡辺さん

 

「お金を生み出すのはもちろん大切だけど、うちで働く人ひとりひとりが、仕事に向き合う熱意やその先の夢を持っていることが一番大切かな」

働く人にとって「湧水の里」が誇りに思える場所であり続ければ、仕事に対する熱意も生まれる。多くの人に支持されている「湧水の里」というブランドをどうやって醸成していくか。お話を伺っていくうちに、渡辺さんの「使命」のようなものが見えてきました。

「僕は今は豆腐を作っていないけれど、やりたいことはたくさん浮かんでくるんだよね。身体一つじゃあ足りないほど(笑)」と、渡辺さん。

名水のごとく湧き出る「アイデア」を強みに、進化し続ける「湧水の里」。
これからがますます楽しみになりました。

旅は続きます。

 

〈湧水の里〉北海道虻田郡真狩村字社217-1
TEL:0136-48-2636
営業時間:4月~10月:8:30~18:00/11月~3月:9:00~17:00
定休日:無(年末年始休み有り)
工藤詩織 プロフィール

幼少から豆中心の食生活を送り、豆腐はその中心にあり、無類の豆腐好き。外国人に日本語を教える講師を目指して勉強している過程で食文化も一緒に伝えたい と「豆腐マイスター」を取得。国内だけにとどまらず海外でも、手作り豆腐ワークショップや食育イベントを実施して経験を積む。2018年より「往来(おうらい)」をテーマに本格的に活動を開始。豆腐関連のイベント企画・メディア出演などを通して、各地で豆腐文化の啓蒙活動を行っている。


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