十人豆色~とうふのうまみ旅~
vol.4 商店街で輝く、大阪の豆腐づくり

豆腐の原料は、大豆・水・にがり。
シンプルだからこそ、繊細な手作業が仕上がりを大きく左右し、作る人の「人となり」や「考え」、その日の「気分」までも、鏡のように映し出すのだと、職人さんは言います。
だから豆腐の魅力は“十人豆色”(じゅうにんといろ)。
作り手の想いあふれる豆腐との出会いを求め、各地の豆腐屋さんを往き来し、見て、聞いて、味わって、感じ取ってきた豆腐の魅力を綴ります。

天下の台所、大阪の商店街の中で


「すみよっさん」の愛称で親しまれる「住吉大社」のお膝元で繁栄してきた街です

 

ここは大阪府大阪市住之江区の「粉浜(こはま)商店街」。
粉浜駅と住吉大社駅の間に、八百屋、精肉店、鮮魚店、寝具店といった、様々な個人商店が軒を連ねます。

午前10時半頃。この商店街の中間地点あたりに、平日だというのに、お客さんの途絶えない豆腐屋さんがあります。そのお店の名は、「井川とうふ店」です。


「いつもの」といった様子で、ささっと買いものを済ませる常連さんも

 

「昨日休みやったんやな〜。おからがなくて困ったわ〜」
「すみません、休みいただいてました!」
お客さんひとりひとりと会話をしながら、豆腐や揚げものを丁寧に袋に入れ手渡します。

「ハイ!100円です。おおきに〜」
明治後期創業の「井川とうふ店」を現在切り盛りするのは井川 清(いかわ きよし)さんです。
豆腐職人の道を歩みはじめて29年、職人仲間からは「世界の井川」と呼ばれるほどの腕の持ち主です。今回は、そんな井川さんが曽祖父の始めた豆腐屋を継ぎ、現在に至るまでのお話を伺いました。


照れ混じりの微笑みで迎えてくれた井川さん

 

きぬ?もめん?豆腐屋人生の始まり


明治後期創業「手造りの味 活き活きとうふ」

 

きっかけは先代である父親の入院。
「お前が豆腐屋やれへんやったら閉めよう思ってんねん」
小さい頃から当たり前のように営まれてきた店が、自身が継がなければ存続できなくなってしまう。そんな現実を突きつけられたとき井川さんはまだ10代。それでも、豆腐屋になることを決めたと言います。その意志は固く…と言いたいところですが、「それまでは全く手伝いもしていなかったし、 “きぬ”と“もめん”の違いさえわかってなかった」と驚くべき事実を明かしてくれました。「そうなんですか???(世界の井川さんが?!)」と意表をつかれた私のリアクリョンに「衝撃やろ?そんなもんよ」と笑みを浮かべる井川さん。

きっかけは“ジャイケン”に負けたこと

10代にして始めた「豆腐づくり」。豆腐をつくって売るという仕事に対して、愛着があったわけでもなく、何が面白いのかもわからなかった…。そんな日々から抜け出すきっかけがやがて訪れました。
それはなんと、“ジャイケン” (大阪弁で言うジャンケン)に負けたこと。
「17歳くらいの頃、 “ジャイケン” で負けて、組合の青年部の役員をやることになったんよ」

井川さんが豆腐作りを始めた頃、大阪府内の豆腐製造業者が加盟する組合には、約1700軒の登録があり、若手で構成される青年部だけでも270名も在籍していたとのことです。

そんな大きな組織の役員を担ったからには、組合員の集いに顔を出さなければいけなくなり、必然的に、先輩職人と交流が深まっていったと言います。そして豆腐づくりの「手本」となる先輩職人との出会い、自身の豆腐づくりを探究することになったそうです。

「あの時“ジャイケン”に勝って、役員になっていなかったら、いま豆腐屋をやっていけてなかったかもしれない」 思わぬ偶然が導いた豆腐屋としての人生。すっかり聞き入ってしまいました。

なつかしい、でも新しい、原点の一丁

井川さんが試行錯誤を重ねて作り上げたのが「徳松とうふ」。
「あんたのじいちゃんの時から通ってんねんで」と長年通い続けるお客さんが、懐かしんで食べてくれるような豆腐を目指して作り上げた、もめん豆腐です。


「徳松とうふ」

 

「井川とうふ店」の原点回帰とも言える一丁の由来は、曽祖父にあたる初代「井川徳松」さんの名からとりました。表面は、もめんらしいハリが昔懐かしい素朴さを感じ、口の中ではほどけるような柔らかさ。大豆の旨みを最大限に引き出し、封じ込めています。

特徴的なのは豆腐の形状。大阪ではあまり見かけないサイズなのです。
実は、もともと豆腐の形状は地域によりさまざまで、パックのサイズからも、「地域性」を見ることができます。かなりざっくりと分類すると、長方形サイズが多く見られるのが北海道・関東・東海・沖縄地域。正方形サイズが多く見られるのは、北陸・東北・近畿・四国・九州地域。そして、それぞれの地域ごとに、厚みや、表面積が変わります。近年、スーパーに並ぶ豆腐は陳列の都合からサイズの統一と軽量化が進んでいますが、昔ながらの町店にいけばその名残はしっかりと確認できます。

「これはいわゆる京型(きょうがた)だね」と「徳松とうふ」を指差す井川さん。

「京型」の「徳松とうふ」

 

「京型」というのは、いわゆる京都サイズとも言われる形状で、厚みは4cm程度で、上表の面積が広めの正方形、というのが特徴です。薄めで平べったい印象を受けるのですが、「湯豆腐につかいやすいように」「京都はやわらかい豆腐なので崩れないように」といった配慮から、このサイズになったとも言われています。

「今までの大きさのままでは面白くない。当時の大阪でこのサイズの豆腐は目新しく映ると思ってね」井川さんが「徳松とうふ」を「京型」にしたのは、伝統を引き継ぎつつも、大阪の中でも珍しい豆腐に仕上げたかったからだそうです。
「“自分の豆腐”を、お客さんが“美味しい”と買ってくれることがシンプルに嬉しかった」と、豆腐屋が面白くなってきた「あの頃」の記憶を嬉しそうに語ってくれました。

個人商店が輝く秘訣


店頭のショーケースに並ぶ食材たち

 

店頭に並ぶのは、みずみずしい食感に大豆の甘みがのった「すくいとうふ」や「豆腐の燻製」、「薄揚げ」「厚揚げ」や「ひろうす」といったバラエティ豊かな揚げ物たち。
とりわけ「おから」は地元の料理人からも支持される人気商品。豆乳の絞りかすとして出てくるおからの中でも「みじん(微塵)」と呼ばれるきめが細かい部分だけを集めています。ポテトサラダ風にして食べれば口どけなめらかに仕上がります。


売り切れ必須の「おから」は団子状に丸めて陳列するのが井川とうふ店流

 

「スーパーに行ったら全て揃う。だから、個人商店はそれなりにインパクトのあるものを作らないとね」
大手のスーパーが幅を利かせようが、昔ながらの個人商店だってオリジナリティで勝負。自分なりの輝き方を見出すことができる商売上手な大阪人はさすが!と感心していると
「大阪のおばちゃんは自分の“お気に入り”を見つけると、みんなに教えてくれるんよ。店頭でぜんぜん知らんお客さんが横におっても “それおいしいよ” って」と井川さん。
なるほど、口コミ力を持ったおばちゃんが個人商店のご商売を支えているのですね。納得です。

豆腐職人は「修正」の達人

約30年間豆腐職人を続けてきた井川さんが日々感じるのは、繊細な豆腐の出来を「安定」させる難しさ。
「工程をどんなにシステム化したとしても、毎日100点の豆腐が出来上がるわけではない」と言い切ります。目に見えづらくとも、日々変化する水温、大豆、機械の調子などを、自身が積み重ねた経験値によって「修正する力」こそ職人の底力。


薄くデリケートな豆腐を慣れた手つきでカットしていく

 

手作業による微調整が肝心要となると、仕事は「正直、しんどい」の連続。それでも、やればやるほど、次の修正点が見えてくる。これこそが、この生業の醍醐味だそうです。
「俺ら職人の生き残る道は、そこかな」

「面白み」を伝え合う大阪職人

自身のかつての経験から、今度は若手に「豆腐屋の面白さ」を伝えたい、と井川さんは電話や現場訪問を通じて他の職人さんの相談にものっているそうです。
「何もわからないうちに “こんなのおもんないわ!”と、豆腐づくりを辞められたら悲しいからね。だから大阪の豆腐屋はみんなオープンで、みんな個性的だよ」

大阪では数店の豆腐屋さんを巡りましたが、共通してみなさんが口にするのは「大阪の豆腐屋はオープンかつ個性的」ということ。技術は各店が「門外不出」で隠し、守るべきものではなく、職人同士で見せ合って、教え合って、時には悩みを分かち合う。そこから「自分の豆腐」をそれぞれが追究し、個性を尊重し合う。そんな意識が根付いているように感じました。


豆腐職人が集う勉強会の様子

 

現在も、井川さんをはじめ大阪の豆腐職人さんたちは勉強会や交流会を定期的に開き、オープンな関係を築いています。その切磋琢磨の成果は全国豆腐品評会でもしっかり表れ、大阪の豆腐は全国的にも高い評価を受けています。

「粉もの天国」の大阪で、「豆腐」に目を向ける方は少ないかもしれません。それでも、大阪の商店街で豆腐屋さんを見かけたら、ぜひ立ち寄ってみて欲しいと思います。井川さんのように、「おもろい!おもろい!」とユニークな豆腐づくりを楽しんでいる職人さんとの出会いが高確率で待っているかもしれません。

旅は続きます。

 

〈井川とうふ店〉大阪府大阪市住之江区粉浜3丁目9−22
TEL:06-6671-1822
営業時間::7:00〜19:00
工藤詩織 プロフィール

幼少から豆中心の食生活を送り、豆腐はその中心にあり、無類の豆腐好き。外国人に日本語を教える講師を目指して勉強している過程で食文化も一緒に伝えたい と「豆腐マイスター」を取得。国内だけにとどまらず海外でも、手作り豆腐ワークショップや食育イベントを実施して経験を積む。2018年より「往来(おうらい)」をテーマに本格的に活動を開始。豆腐関連のイベント企画・メディア出演などを通して、各地で豆腐文化の啓蒙活動を行っている。


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