十人豆色~とうふのうまみ旅~
vol.12 とうふの都、再発見

豆腐の原料は、大豆・水・にがり。
シンプルだからこそ、繊細な手作業が仕上がりを大きく左右し、作る人の「人となり」や「考え」、その日の「気分」までも、鏡のように映し出すのだと、職人さんは言います。
だから豆腐の魅力は“十人豆色”(じゅうにんといろ)。
作り手の想いあふれる豆腐との出会いを求め、各地の豆腐屋さんを往き来し、見て、聞いて、味わって、感じ取ってきた豆腐の魅力を綴ります。

「豆腐」といえば〇〇、の理由

皆さんが「豆腐」から連想する都道府県をひとつだけ選ぶとしたら、どこでしょうか?
よくこの質問をイベントやワークショップの参加者の方にしてきたのですが、その回答ベスト3は、3位が“江戸料理”のイメージが強い「東京」、2位は大豆の生産地「北海道」。
では、1位は……? 想像できますね!
そう、今回の舞台、「京都」です!
その理由は「お水が良いから」「京都の観光地には豆腐料理屋さんがあるから」といった様子です。


嵐山、渡月橋にて

 

また、学生時代、日本語教育を専攻していた私は、周囲の留学生に豆腐の話をすると
TOFU is famous in Kyoto,right? (豆腐といえば、京都だよね?)
と、尋ねられたことがあります。
国際的に見ても、「豆腐」といえば「京都」という認識が強いようです。
今回は、豆腐の聖地、京都が育んだ“京とうふ”の食文化を掘り下げていきたいと思います。

豆腐が京都に根をおろすまで

京都の豆腐の歴史を支えてきたのは「精進料理」と「地下水」。
豆腐造りの技術は、豆腐発祥の地・中国から、奈良時代に僧侶によってもたらされ、そこから貴族や僧侶、鎌倉時代には武士に受け入れられて、室町時代には禅宗の普及とともに「精進料理」の食材として豆腐が庶民へ浸透していきます。仏事供養を通じて寺院で料理を学んだ庶民は、家庭でも豆腐をとりいれるようになったようです。こうして生まれた寺院と豆腐の密接な繋がりの証に、現代でも各所の豆腐屋さんの店先やパッケージに「◯◯寺御用達」という言葉を見つけることができます。

 

そして、「山紫水明(さんしすいめい)」の地としてその自然の美しさを称えられてきた京都が誇るのは「地下水」。京都盆地の地下には、巨大な「水がめ」があるといわれ、「地下水」は豆腐作りだけでなく酒造りや友禅などの伝統産業、そして人々の日常生活を支えてきました。
文献によれば、かつては奈良や宇治で造られた豆腐が、京都へ運ばれ売られていたようですが、次第に、山々に囲まれた京都の水質は軟らかく、豆腐の製造に最適だとされ、地元での製造が行われるようになっていきます。

茶屋でうまれた「祇園豆腐」

お次は、京都発祥とされている豆腐料理のお話です。
まずは、「祇園豆腐」と呼ばれる豆腐の「田楽」。
室町時代、祇園の八坂神社の参道には西に「藤屋」、東に「中村屋」と、二軒の茶屋が向かい合い、腰掛け茶屋として繁盛していました。そこでもてなされるようになったのが「祇園豆腐」です。切り出した木綿豆腐を二股に分かれた串に刺し、味噌のたまりで調味し炭火で炙ったのが原型と言われています。田楽を作るのは仲居の女性で、店頭で豆腐を切る早業が見ものだったようです。その評判はたちまち広がり、江戸時代にはすっかりファーストフードとして定着。これが、現代の「おでん」の原型です。
二軒茶屋のうち現存するのは「中村屋」のみ。現在は「中村楼」と名を改め、木の芽味噌をたっぷり塗った香り高く柔らかな豆腐田楽が今でも提供され続けています。


黒塗りの箱に盛り付けられた大きな田楽。絶品でした!

「湯豆腐」

もうひとつは皆さんもご存知の「湯豆腐」。京都には東西2つの湯豆腐エリアがあります。精進料理が起源といわれている「湯豆腐」は、いつ誰が創作したものかは明らかになっていませんが、東側の左京区・南禅寺の三門近くには、現存する最古と言われる湯豆腐料理店「奥丹(おくたん)」があります。敷地内の工房で作られるのは、「昔とうふ」と呼ばれる風味と弾力のある豆腐です。
対して、西側の右京区・嵐山エリアには、 天龍寺の塔頭(たっちゅう)の1つ妙智院境内にこのエリアで初めての湯豆腐店「西山艸堂(せいざんそうどう)」があります。こちらで使用しているのは「嵯峨豆腐 森嘉(さがとうふ もりか)」の「嵯峨豆腐」。司馬遼太郎の『街道をゆく』や川端康成の『古都』にも登場する「森嘉」の代名詞である「嵯峨豆腐」は、「箸にもかからぬ」ほど柔らかな豆腐。実はこの豆腐の柔らかさの秘訣は、豆腐を固める凝固剤。「森嘉」では、皆さんにとっておなじみの「にがり」ではなく、「すまし粉」という凝固剤でお豆腐を固めているのです。


煮過ぎないよう温度管理に気を配られた西山艸堂の湯豆腐

 

「にがりを使わないお豆腐?」と疑問に思うかもしれませんが、実は、「すまし粉」は水分を含みながら豆腐を固めるため、「にがり」で固めた豆腐よりも、のど越しがツルッと、口当たりも柔らかく上品に……これが“京とうふ”の代表的なイメージになっています。


150年以上の歴史をもつ嵯峨豆腐 森嘉

 

一括りには語れない個性

ここまでは、伝統的な豆腐文化に触れてきましたが、湯豆腐に使われる豆腐にもエリアごとに違いが現れるように、“京とうふ”というのはあくまでも大きな括りであり、さらに細分化できることがわかってきました。しかしながら、外から京都を訪ねる立場からすると「京都の豆腐はとにかく美味しい」という漠然とした既存イメージが、その作り手ひとりひとり、また生み出された豆腐1丁1丁の“個性”を見えづらくしているのではないか、とも感じます。

「京都の豆腐の価値は“歴史”にしっかり裏付けされてきたんですよ」

そう語ってくださったのは、伝統的な着物地を活かしたファッションブランドをプロデュースする「ひなみ」のディレクター、かわばたゆりさんです。かわばたさんは、かつて、京都の豆腐メーカーで広報や飲食事業の立ち上げなどの経験を積まれたのちに独立。現在もコンサルティングや料理人としての活動を行いながら“京とうふ”の発信に携わり続けています。

 

「老舗といわれる豆腐屋には、重んじることがそれぞれにあります。反対に、若き経営者が新たな挑戦をされているところもあります。これからは、業界全体の課題や展望について、改めて考える機会を作ることが大切だと思います」

 

“在来種”と言われる希少品種を使う、濃さで勝負する、用途ごとに製法を変える、油揚げを看板にする、京都にも様々な豆腐の作り手が存在します。かわばたさんは、一括りにはできない職人の個性があることを確信し、伝統の枠を超えた多面的な“京とうふ”の魅力を発信する場の必要性を実感するようになりました。

そこで、豆腐の作り手である京都豆腐油揚商工組合の青年部の有志グループとかわばたさんが共に立ち上げたのが“京とうふの会”です。豆腐の作り手自らが、参加者である消費者と豆腐を通じて交流するイベントを開くこととなったのです。

“京とうふの会”発足!
イベントには、一般の参加者と青年部の作り手が約20名集いました。豆腐が大好きと明言する方から、食の分野で活動する方、地域の活性化に携わる方まで、参加動機も様々。カウンターには、7名の作り手それぞれの自信作の豆腐が、冷奴・湯豆腐として並びました。

すべての豆腐を食べ比べた参加者の方々は、「香りや甘み、後味、食感…どれもまったく違う!」と驚きの表情を見せたり、「“京とうふ”といっても、ひとつとして同じお豆腐がないんですね」と感想を口にしていました。
初めは少し緊張されていた青年部の皆さんも、「そうなんです、ひとりひとり、一丁一丁、コンセプトが違うんですよ」「新豆がやってくると、微調整に苦労するんですよ」など、想い想いに豆腐を語られていました。


サルサソースで彩られた京とうふ

 

お次は、かわばたさんが腕を振るった豆腐や油揚げを使った料理たちが登場。オリーブオイルやサルサで彩られた冷奴や、濃厚なクリームをまとった厚揚げ、肉厚油揚げが挟まれたハンバーガー。持ち寄られたそれぞれの“京とうふ”の個性を見極め、観光地や老舗料亭では見かけない斬新なアレンジが加えられています。


京都のご当地油揚げを使ったバーガー

 

「湯豆腐だけじゃなく、こんな食べ方があったんですね!」と、参加者の方だけでなく、豆腐の作り手である職人さんも目を丸くしているのが印象的でした。
「京都の豆腐をこれからもよろしくお願いします!」という職人さんからの熱いメッセージで締めくくられたキックオフイベントは、文字通りの盛会となりました。

 “京とうふ”の再発掘

今回の取材を通じ、“京とうふ”の新たな一面を発掘することができました。例えば、京都には夏季限定で「糸寒天」を用いて固めた「絹ごし豆腐」を造っているお店があるということ。糸寒天?!と、かなりの衝撃でしたが、ずいぶん昔から造られてきたようです。寒天をいれることで喉越しがさらに良くなり、冷奴に最適なのだと教えていただきました。

若手の職人さんらが中心となってはじまった“京のとうふ”の発信活動。
ぜひ、京都から世界へと発信していただきたいですね。

 

旅は続きます。

工藤詩織 プロフィール

幼少から豆中心の食生活を送り、豆腐はその中心にあり、無類の豆腐好き。外国人に日本語を教える講師を目指して勉強している過程で食文化も一緒に伝えたい と「豆腐マイスター」を取得。国内だけにとどまらず海外でも、手作り豆腐ワークショップや食育イベントを実施して経験を積む。2018年より「往来(おうらい)」をテーマに本格的に活動を開始。豆腐関連のイベント企画・メディア出演などを通して、各地で豆腐文化の啓蒙活動を行っている。


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