十人豆色~とうふのうまみ旅~
vol.16 大豆畑の「香り」に誘われて

豆腐の原料は、大豆・水・にがり。
シンプルだからこそ、繊細な手作業が仕上がりを大きく左右し、作る人の「人となり」や「考え」、その日の「気分」までも、鏡のように映し出すのだと、職人さんは言います。
だから豆腐の魅力は“十人豆色”(じゅうにんといろ)。
作り手の想いあふれる豆腐との出会いを求め、各地の豆腐屋さんを往き来し、見て、聞いて、味わって、感じ取ってきた豆腐の魅力を綴ります。

 

日本有数の大豆のふるさとへ

8月中旬。ジリジリと燃える太陽がすぐ近くに感じるような夏日です。

仙台駅に到着すると

「いや~、今日はこの夏いちばんの暑さだよ」と、名物のずんだシェイクを片手に、豆腐職人さんたちが出迎えてくれました。

実は、大豆の生産量が北海道に次いで全国第2位の宮城県。
代表品種ミヤギシロメ大豆をはじめ、その風味の良さから、全国の豆腐屋さんにも支持されています。
日本有数の大豆のふるさとには、地元大豆の魅力を伝える元気な豆腐店が揃います。
年に1度以上は必ず訪れるこの土地には、いつのまにか“顔馴染み”の職人さんが増え、なんだか帰省したような気分になります。

そこから車で北上し、岩手県との県境にある登米(とめ)市へ。

今回の目的は、「大豆畑の香りを嗅ぐこと」です。

 

遡ること数ヶ月前、ちょうど大豆の種まきが行われる6月のことでした。

「大豆の花の香り嗅いだことある?
花が咲くと畑から“枝豆”の香りがする大豆があって。
ちょうど8月のお盆の時期になるけれど、不思議な体験をしに遊びに来ない?」

大豆の花が開花するのは、さやが実り始める前の限られた時期。

こんな魅惑的なお誘いをくれたのは、宮城県の大豆卸問屋・三倉産業の浅利直(あさり ただし)さん。これまでも、宮城県の豆腐屋さんを案内していただいたり、大豆農家さんと交流の場をつくっていただいたりと、お世話になってきた問屋さんのお一人です。

唯一無二の「香り豆」

今回の目当ての大豆の名は、「香り豆」。
元々は福島県北部で栽培されてきた「在来種」と呼ばれる希少品種です。

地元では、枝豆や味噌用大豆として、主に自家用で栽培・消費されてた「香り豆」の見た目はほんのりと緑がかったいわゆる青豆系。長野県に根付く、こうじいらず大豆から派生した大豆の一種ではないかという説もありますが、福島県の気候風土、県北の土壌に適応し、「大豆の開花時期に“ 茹でた枝豆 ”のような香りを発する」という、唯一無二の特徴を持ったと言われています。

不思議な豆との出会い

7年ほど前、浅利さんが営業で福島県をまわっている際に立ち寄った郡山の麹店で、地元農家さんが育てた味噌用大豆と出会います。

「生でかじっても豆のエグ味が全くと言っていいほど無くて、ソフトな甘さの中にもほんのりコクがある!これを豆腐にしたら美味しいんじゃないか?と、思ったんだよね。」

一口で、その美味しさに驚いたという浅利さんは、この体験をしばらく頭の片隅に大切にしまっておくことにしました。

時は流れ、2014年から日本一おいしい豆腐を決める全国豆腐品評会が開催されるようになると、豆腐に個性をもらたす「在来種」と呼ばれる希少品種を使った豆腐への注目が高まり出しました。

そこで浅利さんが思い出したのが、郡山で出会った大豆。

その名が「香り豆」であることが判明し、本格的に豆腐・納豆用の大豆として「香り豆」を栽培するべく福島県の農林事務所や複数の農協などに問い合わせたそうです。

しかし、一般流通がされてこなかった品種ということで、詳しい種の所在がわからない状況がしばらく続きました。

「種」を求めて

少しずつ情報を集める過程で、“香り豆らしき大豆”に幾度も出会ったそうですが、外観や香りがどうしても一致せず。「香り豆」の種探しは難航しました。たとえ同じ名のつく在来種でも、根付いた地域によって豆の特徴が変わってしまうようです。

そんなある日、ついに探し求めていた「香り豆」が見つかります。
福島市内の松川町の「穂之和(ほのか)元気ファーム」佐藤清一さんが、離農した先輩農家さんから種を引き継ぎ、栽培をしていたのです。


穂之和元気ファームの佐藤清一さん

 

「“香り豆”と呼ばれる品種の中でも畑からあのような香りがするのは、松川町の中でも佐藤さんともう一人の方が育てている大豆のみなんです」と、浅利さん。

原種が福島であることを明示し宮城で育てることで、福島の農作物も応援することができると考え、佐藤さんに懇願。

こうして、2017年、ようやく「香り豆」の種を譲ってもらえることになりました。

「香り豆」、宮城へ

「香り豆」を栽培の舞台に選んだのは、環境保全農業王国・登米市です。

環境保全に配慮した米作りだけでなく、畜産も盛んな登米市には、有機センターが整備され、品質の良い堆肥を活用した土づくりや、資源のリサイクルも活発に行われているそうです。

「何より、シルバー人材を活用した除草作業に取り組んでいたり、多世代が農業に携わる“町ぐるみの生産体制”が魅力的なんです」


右から、秋山広勝さん、武山将さん、小野山輝雄さん、土井慶二さん

 

希少な種を委ねた先は、豊里町の農家さんたち。浅利さんの言葉を借りて表現すると、大豆を“神管理”してくれるプロ集団なのだとか。
「香り豆」の大豆としての価値・発展の可能性を信じて取り組む皆さん。
おもてなしの微笑みに心温まるばかりでした。

香り漂う大豆畑へ

2期目を迎えた「香り豆」の栽培。
実際にその香りを嗅ぐ体験ツアーが実現しました。

前評判を聞いて、県内はもちろんのこと、神奈川県、さらには愛知県からも豆腐屋さん、そして豆腐好きの消費者である豆腐マイスターさんも集いました。

貴重な夏季休暇を大豆畑の訪問に捧げる熱心な皆さんとともに、いざ長靴を履いて畑へ。
じっくりと土の栄養を吸い上げたくましく育った大豆の畝(うね)が、整然と列を成して広がっています。圧巻です。

 

中腰になって覗き込むと、可愛らしい白い花がそっと咲いていました。

嗅覚を研ぎ澄ますと、優しい枝豆のような香りが……。

 

「おぉ〜!香りがしました!」「あ、本当だ!」と、畑のあちこちで声があがります。

農家さんによると、雨上がりはさらに香りが強くなるのだそうです。

「この香りを嗅ぎながら、片手にビールがあれば最高だね(笑)」と、満場一致の様子です。


宮城の豆腐職人さんたち

 

この時期限りの、貴重な体験を満喫した皆さん。
「この感動を、今度はお客さんに伝えてもらえれば」と、浅利さんは言います。

畑から広がる感動

プロジェクトに賛同し「香り豆」の豆腐をつくる職人の一人、兎豆屋(とまめや)のご主人・安達圭介さんも

「大豆を炊いている時から、作業場中がものすごい香りに包まれる。今まで色々な大豆を使ったけど、断トツの香りの強さですよ」と、その魅力を教えてくれました。


兎豆屋・安達圭介さん

 

職人の手により、コクと甘みが引き出されたの豆腐は言わずもがな、絶品です。


兎豆屋の「香おぼろ」

 

今年の全国豆腐品評会の東北地区大会では、「香り豆」を使用したささはら豆腐店が最優秀賞、兎豆屋が寄せ・おぼろ部門で金賞を獲得し、10月には全国大会へ進みます。

この日も、ささはら豆腐店のご主人・笹原 淳さんから農家さんへ受賞した豆腐が記念に贈呈されました。
豆腐屋さんの活躍を知ると、農家さんも農作業にますます精が出るようです。

大豆の花言葉

花を咲かせた後に豆が入ったさやを膨らませることから、大豆の花言葉は、

「必ず来る幸せ」
「可能性は無限大」
そして、「親睦」。

豆腐屋さん・問屋さん・農家さん、三者が「親睦」の深め、大豆の可能性を広げ、「豆腐」という食材を通して私たちの食卓に「幸せ」を届ける。

大豆畑に集った皆さんの取り組みは、まさに大豆の花言葉を体現しているようでした。

 

旅は続きます。

 

<参加された豆腐店>

兎豆屋 http://tomameya.com
ささはら豆腐店 sasatofu-yuba.jimdo.com
とうふ処 豆達人 https://www.facebook.com/mametatujin/
伊東豆腐店 https://www.facebook.com/pages/category/Grocery-Store/伊東豆腐店-155713708203260/

湯河原 十二庵 http://www.12an.jp
にこや本店 http://nikoya.jp
株式会社川原 https://www.kawahara102.co.jp/

工藤詩織 プロフィール

幼少から豆中心の食生活を送り、豆腐はその中心にあり、無類の豆腐好き。外国人に日本語を教える講師を目指して勉強している過程で食文化も一緒に伝えたい と「豆腐マイスター」を取得。国内だけにとどまらず海外でも、手作り豆腐ワークショップや食育イベントを実施して経験を積む。2018年より「往来(おうらい)」をテーマに本格的に活動を開始。豆腐関連のイベント企画・メディア出演などを通して、各地で豆腐文化の啓蒙活動を行っている。


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