豆腐の原料は、大豆・水・にがり。
シンプルだからこそ、繊細な手作業が仕上がりを大きく左右し、作る人の「人となり」や「考え」、その日の「気分」までも、鏡のように映し出すのだと、職人さんは言います。
だから豆腐の魅力は“十人豆色”(じゅうにんといろ)。
作り手の想いあふれる豆腐との出会いを求め、各地の豆腐屋さんを往き来し、見て、聞いて、味わって、感じ取ってきた豆腐の魅力を綴ります。
大学院に通っていた頃、キャンパスから徒歩圏内にある豆腐屋さんへ足を運んでは、「がんもどき」と絞りたての豆乳を、おやつにしていました。私にとって、「がんもどき」は “コンビニの菓子パン”のような存在です。「メロンパンよりも、がんもどきが好き」と口にすると、同級生に不思議がられたものです。今回のお話の主役は、長年強い思い入れを抱いてきた豆腐加工品、「がんもどき」です。
「がんもどき」とは、木綿豆腐とつなぎの山芋を練った生地に、ニンジンや牛蒡、昆布、銀杏などの具材を混ぜて丸め、油で揚げたものです。鳥類の「雁(がん)」の肉に見立てた、いわゆる“もどき料理”の一種で、精進料理のカテゴリーに属します。「がんもどき」が作り始められた時期は定かではありませんが、実は、もともとは “こんにゃく”を油で炒めた料理だったようです。
鎌倉時代頃から、禅宗をはじめとした仏教の宗派の教えと共に普及した精進料理。はじめは野菜と穀物が中心でしたが、江戸時代に入ると、普茶料理(ふちゃりょうり)と呼ばれる中国風精進料理が発展し、次第に、豆腐などの大豆食品でタンパク源を確保し、油を積極的に使うことでエネルギーを補強するようになりました。あくまでも推測ですが、「がんもどき」も、魚肉類を用いずともエネルギー源となりやすいように、こんにゃくから豆腐を使った料理へ変化したのではないでしょうか。
「がんもどき」は関東圏を中心に常用されている呼び名であり、関西地方では、「ひりょうず」、「ひりゅうず」もしくは「ひろうす」と呼ぶ方が主流です。「ひりょうず」の語源をたどると行き着くのは、なんと室町時代に日本へもたらされたポルトガル菓子 “filhos”(フィリオース)。これは小麦粉と卵を混ぜ合わせて揚げた南蛮菓子です。豆腐で作られた「がんもどき」の見た目がフィリオースに似ていたため、次第に「がんもどき」を「ひりょうず」と呼ぶようになったと言うのが一説です。
別の説では、「ひりょうず」は漢字を当てると「飛竜頭」となることから、「龍の頭の形に似たもの」を意味している、と言います。その証に、中に入る銀杏は龍の“目”、ささがけの牛蒡は“ひげ”、ゆり根は“うろこ”を表して入れるのだそうです。これらの諸説はどれも定かではなく、調べれば調べるほど、謎が深まるばかりです。
地域性があるのは呼び名だけでなく、形状や中に入れる具材もその土地ごとの個性があります。たとえば、 北陸地方では細かく呼び名が分かれ、 石川県金沢エリアでは関西と似た「ひろす」、富山県南砺市では「まるやま」と呼ばれる名物があり、自然薯入りの豆腐の皮で銀杏・しいたけ・山菜などの具材を包み込んだ形状が特徴的です。 具材を全体に散らすのではなく、豆腐生地の中心に詰める製法は、江戸時代に発刊された豆腐料理本「豆腐百珍」にも掲載されています。
さらに、沖縄県の琉球料理の本を遡ると、沖縄版がんもどきとして、ウズラの卵の形に似せた「うじら豆腐」が登場します。ほんのり塩味が効いた島豆腐のベースに人参やグリーンピースなどの具材を入れ、味付けにはなんと、“ピーナッツバター”を加えます。
独自の路線を突き進んでいるのは、静岡県富士市。砂糖がたっぷり入った“甘いがんもどき”がソウルフードとして定着。砂糖が入る分、揚げ色が濃くなるのが特徴的です。近年ではこのスイーツがんもをパンに挟んだ新感覚サンドイッチ “がんもいっち”がご当地グルメとして登場しています。
全国津々浦々、その土地に根付く「がんもどき」があると思うと、旅先で豆腐屋さんを覗きたくなりますね。
「がんもどき」の登場シーンといえば、平椀に盛り付けられた「含め煮」や、冬に食べる「おでん」。つまり、煮て食べることが圧倒的に多いのです。
“がんもどき=煮物”となると、出番が限られ少し地味なイメージを持たれがちです。そんな「がんもどき」の可能性を広げられるようなイベントができないだろうか、と日々考えるようになりました。そこでヒントになったのは、コンビニのレジ横にある唐揚げやコロッケなどの“ホットスナック”。調理の必要がなく、揚げたものをそのまま食べられる「がんもどき」があれば、もっと手軽に食べやすくなると思えたのです。
そんな構想を温めていたなかで出会ったのが、体験型ケータリングサービスを提供する Mo:take(モッテイク)さんです。ケータリングと言っても単に料理を提供するだけではなく、時には「食べられる土」を使って畑を再現したり、室内で「りんご狩り」ができる演出を加えたり、人々を圧倒するような新しい食体験を生み出し、各種メディアでも話題を呼んでいるチームです。
私の「がんもどき」トークに耳を傾け「それ、面白いから、がんもどきで期間限定のポップアップショップをやりましょう!」と提案してくれたのは、Mo:takeのケータリングやフードコーディネートを手掛けるヘッドシェフ坂本英文さんです。
“鉄熱いうちに打て”ということで、さっそく、打ち合わせが始まりました。まずは、持ち寄った豆腐料理関連の文献を広げながら、意見交換です。
「僕らが今作るべきなのは、新ジャンルのがんもどきだね。アルファベットにしたらどう?」
坂本さんの言う通り、今回のミッションは、正統派の「がんもどき」の美味しさを伝えることではなく、「がんもどき」に見向きもしなかった層にも振り向いてもらえるようなインパクトを生み出すことであると意見は一致しました。日本食のイメージを超越したボーダレスな豆腐スナック “Gammo”の開発と試験販売を行うという方向性が決まり、「Gammo Lab.(ガンモラボ)」が始動しました。
“Gammo”とは何か、と伝えるには、出来るだけ簡潔に伝わるコンセプトが必要です。四六時中、「がんもどき」について思案しながら、ふと思い出したのは、数年前に豆腐職人さんがくれたアドバイスです。
「がんもどきを手作りするときは、具材の組み合わせがコツなんだよね。“出汁”や“香り”になるもの、“食感”を出すもの、“彩り”を添えるもの、をうまく混ぜ合わせるんだよ」
たしかに、定番の「がんもどき」に当てはめて考えると、ささがき牛蒡や切り昆布は“出汁”や“香り”、レンコンやゆり根で“食感”に変化をつけ、黒ごまや人参はがんもどきに“彩り”を添える食材として練りこまれています。「がんもどき」を原点に想像される“Gammo”にも、この法則を応用することにしました。
ここから着想を得て、出汁は“umami” 、食感は “texture” 、彩りは “color”と英語に置き換え、
TOFU + umami + texture +color = Gammo
という公式にすることによって、“Gammo”という新しい食べもののコンセプトを可視化できました。
もうひとつ重要となったのは、流行の発信地である表参道で、通りがかりの人々にも関心をもってもらえるようなキービジュアルです。そこで、Grand Slam(グランドスラム)のアートディレクター澁田翼さんへロゴやPOPのデザインをお願いすることに。
“Gammo”のコンセプトを簡単に伝えると、数日後、澁田さんから届いたのは「ガンモ3兄弟」というキャラクターが描かれたデザイン案。「がんもどき」がキャラクターになるなんて、正直予想外でしたが、これならば「がんもどき」に馴染みのない方の関心を惹きつけられるような予感がしました。
キービジュアルに並行して、メニュー開発を進めていたのはヘッドシェフ坂本さんです。
「豆腐で作ったシンプルなベースをキャンバスに見立てて、地域や各国の食材を絵の具として自由に組み合わせて絵を描いてみました」と、美味しいだけでなく、クリエイティブな” Gammo” を考案してくれました。
こうして開発した ” Gammo” は、豆腐と出汁のうまみを基調にしたplain(プレーン)、トマトとチーズが入りバジルソースをかけて食べる caprese(カプレーゼ)、サクサク食感のラーメンスナックをまとったスパイシーなmentaico(明太子)の 3種。素材にもこだわり、この連載でも紹介した北海道真狩村の人気豆腐店「湧水の里豆腐工房」さんの木綿豆腐、umami食材として、博多やまやさんの「うまだし」を使用することになりました。
5月末、表参道。キャンピングカー型のイベントスペース the AIRSTREAM GARDENで、“Gammo”をお披露目する販売イベントが開かれました。果たして、国際色豊かな人々が行き交う街で、“Gammo”は受け入れられるのでしょうか。
お店をオープンさせ、数十分が経過した頃、「え〜?カプレーゼ?美味しそうじゃない?」「このキャラクター可愛い!」と、女性グループが来店。せっかくなので、お話を伺ってみると、「がんもどきはお婆ちゃんの家で食べたことがあるくらいでした」「私は幼稚園の給食でがんもどきが出てきました記憶があります」など、「がんもどき」は知っている程度だったにも関わらず、 “Gammo”に興味を抱いて立ち寄ってくれたようです。
次第に、通りがかりの訪日観光客の人々も、初めてみる球状の食べものに興味を示している様子でした。「がんもどき」は一語で言い表わす英訳がないため、「What’s this?(これはなんですか?)」と質問された際には、「TOFUに具材を混ぜて揚げたスナックです」と答えるしかありませんでした。しかし、多くの方が「OK!I wanna try it!(それなら、試してみたいです!)」と、快く注文をしてくれるのです。こういった場面では、世界を魅了するヘルシー食材「TOFU」の威力を感じました。3種の中でも、caprese、mentaicoは、和食の域を超えた“Gammo”として、すんなりと受け入れてもらえたようです。
天気にも恵まれ、初日は閉店前に完売。2日目も、追加製造を行うほどの盛況を見せました。この2日間を通じて、“Gammo”を体験した方々からは、「もはやこれは新しい食べもの!」、「がんもどきにはあまり馴染みがなかったけれど、この“Gammo”なら海外でも流行りそう!」など、さまざまな反響がありました。ユニークな“Gammo”をキッカケに、正統派のがんもどきにも関心を持っていただけたら何よりです。企画に携わった私自身、今回のイベントを通じて大きな感触を得ることができました。
いまや「TOFU」は世界共通語。いつか、「がんもどき」も国境を渡り、世界中で「Gammo」という言葉が通じる日が来るかもしれません。
Gammo Lab.の挑戦は、まだはじまったばかりです。
旅は続きます。
幼少から豆中心の食生活を送り、豆腐はその中心にあり、無類の豆腐好き。外国人に日本語を教える講師を目指して勉強している過程で食文化も一緒に伝えたい と「豆腐マイスター」を取得。国内だけにとどまらず海外でも、手作り豆腐ワークショップや食育イベントを実施して経験を積む。2018年より「往来(おうらい)」をテーマに本格的に活動を開始。豆腐関連のイベント企画・メディア出演などを通して、各地で豆腐文化の啓蒙活動を行っている。
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